HASEGAWA LETTER 2026年( No.44 )/ 2026.09
OUR 技術レポート
オレンジジュースの“本物らしさ”を
追いかけて
~オレンジ果汁代替としての乳化香料の活用~
オレンジジュースは世界中で親しまれており、爽やかな酸味と自然な甘みから、朝食に合う飲み物として定番である。しかし近年、主要な産地での天候の不順や病害の影響でオレンジの収穫量が減り、果汁の価格が上がっている。これに伴い、店頭では値上げや販売の休止が相次ぎ1)、従来のように気軽に買える飲み物ではなくなりつつある。こうした状況を受け、オレンジ果汁の代替になる素材を開発する必要が高まっている。そこで本研究では、オレンジ果汁代替素材の開発に取り組んだ。その詳細について紹介する。
オレンジジュースの歴史
オレンジジュースが親しまれるようになったのは1900年代初頭にさかのぼる。「近代広告の父」と呼ばれるアルバート・ラスカー(Albert Lasker)は「Drink An Orange(オレンジを飲もう)」というキャッチコピーで広告を打ち出し、カリフォルニアの果実生産者団体に対し、売れ残ったオレンジをジュースにして販売するアイデアを提案した。当時、オレンジは「食べる」ものだったが、「飲む」ものに変えることで、1人で何個もオレンジを消費するという新しいライフスタイルを提案した。このキャンペーンにより、オレンジジュースが朝食の定番となったといわれている。その後100年以上にわたり、オレンジジュースは「手軽で栄養があり、朝に飲むもの」というイメージを定着させ、世界中の食卓に浸透していった。
[参考文献・資料 2)]
柑橘類の深刻な病害
カンキツグリーニング病
近年、オレンジジュースの価格が高騰し、食卓から姿を消しつつある。その背景には、世界有数の生産地であるブラジルでの病害が挙げられる。特に深刻なのがカンキツグリーニング病である。カンキツグリーニング病は、世界各国の柑橘生産地域に深刻な被害を与える重要病害である。本病は、1919年に中国で初めて報告され、発病した柑橘類の枝が「黄色い龍」のように見られたことから、中国語で黄龍病を意味する「huanglongbing」と名付けられた。この病害は樹木の生育を阻害し、実る果実は発育不良、奇形、着色不良が生じるとともに、酸味や渋味が増し、品質を大きく落とす。また、着色不良で果実表面に緑色が残ることから「greening」と名付けられた。柑橘類に致命的な病気であり、ひとたび感染すると防除が難しく、樹木を伐採せざるを得ない場合も多い。結果として収穫量が減り、安定供給が難しくなる。こうして世界中に広まったオレンジジュースだが、現在は主要な産地での生産量の減少により、原料確保が大きな課題となっている。
[参考文献・資料 3)]

(写真:横浜植物防疫所「植物防疫所病害虫情報」2024, no. 132-②)
オレンジ果汁の風味を構成する要素
生産量の減少による原料確保という大きな課題を解決するため、オレンジ果汁の使用量を抑えながら、飲用時の満足感を維持できる代替素材の開発が求められている。重要なのは果汁を単に置き換えるのではなく、消費者が「オレンジらしさ」を感じる品質を再現することである。そこで、「オレンジらしさ」を再現するために、オレンジ果汁の風味の要素に着目した。
オレンジ果汁の風味を構成する要素は、香り、口当たり、味の大きく3要素に分類され(図1)、それぞれが風味に重要な役割を担っている。特に香りと口当たりに着目すると、果汁中には一部の香気成分が多糖類(ペクチンなど)によって取り囲まれ4)、それらがエマルションとして存在する(図2)。
また、香料を含むエマルションがフレーバーリリースにどのように影響するかについては広く研究されており、エマルションを形成する乳化素材が大きく影響することが知られている5)。そこでわれわれは、果汁中のエマルションを形成するペクチンに着目し、オレンジ果汁の代替素材として活用できる乳化香料の開発に向けて研究を始めた。




代替素材として注目 乳化香料
今回代替素材として注目した乳化香料を含む食品香料について、説明しておこう。食品香料は使用する食品の形態や用途に合わせてさまざまな形態に製剤化される(図3)。
水溶性香料
水溶性香料は、油溶性の香気成分を含水アルコールなどで溶解した製剤であり、食品に賦香した際の風味発現はトップノートがシャープに発現し、ミドルノート以降はすっきり後切れすることが特徴である。
乳化香料(透明乳化香料と着濁乳化香料)
乳化香料は、油溶性の香気成分をポリグリセリン脂肪酸エステルやアラビアガムなどの乳化素材を用いてエマルション化し、水に均一分散できるように加工した製剤である。乳化香料の中でも乳化粒子が小さい(~0.1 µm)透明乳化香料と、乳化粒子が大きい(0.1~2 µm)着濁乳化香料の2タイプに分けられる。透明乳化香料は、水溶性香料よりもやや風味発現が遅くなるが、着濁乳化香料はさらに風味発現は遅く、長時間持続することが特徴である。このような風味発現や持続時間の違いから、乳化香料は代替素材として期待される(図4)。




形態の異なる香料製剤がもつ風味発現は、人の感覚に基づく官能評価により比較されるケースが多い。より客観的な手法で乳化香料の風味発現を可視化し、効率的な製品開発を行うために、QCM(Quartz Crystal Microbalance:水晶振動子マイクロバランス)法を活用した検討を実施した。
QCM法による風味発現の可視化
QCM法とは、非常に微量な質量変化を測定できる、高感度な分析を行う手法の一つである。水晶振動子と呼ばれる薄い水晶板の両側に金電極を取りつけ、それぞれの電極に交流電源を用いて電極間に交流電圧をかけると、水晶板は特定の周波数で振動する(図5)。振動している水晶板表面に物質などが吸着するとその質量増加に伴い、振動数が減少する。この振動数の変化を精密に測定することで、極めて微量な物質の吸着量を定量的に評価することが可能となる8)。


乳化香料がもつ風味発現を可視化するために、生体膜を構成するリン脂質の一つであるDimyristoylphosphatidylcholine(DMPC)を水晶板表面にコーティングし、舌や口腔内の脂質膜を疑似的に再現し、測定を行った(図6)。香料の形態別(水溶性香料、透明乳化香料、着濁乳化香料)の製剤を試料とし、分析を行った結果を示す(図7)。水溶性香料はQCMセンサーへの添加時、振動数変化は少なく、モデル細胞膜に吸着しない性質であることが示唆された。一方で乳化香料、特に着濁乳化香料では試料添加時の振動数変化が大きいことから、モデル細胞膜に吸着しやすい性質であることが示唆された。これらの結果から、乳化香料は水溶性香料よりも口腔内にとどまりやすく、口腔内にとどまったエマルションから香気成分が徐放されるため、喫食時に力強いミドルノートやラストノートを呈すことが考えられた。
このように、香料製剤が示す風味発現を可視化する手法としてQCM法は有効な分析手法である。そこで、オレンジ果汁自体の風味発現についてもQCMを用いて分析し、その代替素材開発に活用した。




ペクチンを活用した乳化香料
QCMを用いたペクチン配合乳化香料の分析
果汁中においてエマルションを形成する成分であるペクチンを活用して、乳化香料製剤を調製した(図8)。乳化香料は、No.1~4を溶解した水相部に、No.5、6の油相部を投入し、高速攪拌機と高圧ホモジナイザーにて処理をすることで、ペクチンが配合された乳化香料Aと配合されていない乳化香料Bを調整した。


ペクチンの配合効果を検証するため、乳化香料Aと乳化香料BについてQCMを用いて分析を行った。結果、乳化香料Aは乳化香料Bよりも振動数の変化が大きくなり、乳化香料にペクチンを配合することでモデル細胞膜により吸着しやすい特性をもつことが明らかとなった(図9)。


オレンジ果汁飲料の調製
乳化香料Aがもつオレンジ代替素材としての機能を明らかにするため、オレンジ果汁飲料を用いた分析を実施した。調製したオレンジ果汁飲料の組成を示す(図10)。果汁20 %飲料、果汁10 %飲料、果汁10 %に乳化香料Aを添加した飲料の計3種の飲料を調製した。なお果汁10 %飲料において不足する甘味と酸味は、果汁20 %飲料と同等となるように甘味料と酸味料を用いて調整した。


QCMを用いたオレンジ果汁飲料の分析
調製したオレンジ果汁飲料について、QCMを用いて分析した(図11)。QCMセンサーに果汁20 %飲料を添加した際、モデル細胞膜への吸着量は増加する。これは果汁中のエマルションや多糖類などの成分が吸着していることを示し、この吸着挙動がオレンジ果汁特有の風味発現や果汁感、濃厚感に寄与していると推察された。一方で、果汁の配合量を低減した果汁10 %飲料はモデル細胞膜への吸着量が少なく、果汁感や濃厚感が不足していると推察された。この果汁10 %飲料に乳化香料Aを添加した飲料は、果汁配合量が低減されているにもかかわらず、果汁20 %飲料と同様の成分吸着量を示した。この結果から、乳化香料Aは果汁10 %飲料中にてモデル細胞膜に吸着し、不足する果汁感や濃厚感の増強に寄与する可能性があることが示唆された。


オレンジ果汁飲料の官能評価
果汁20 %飲料、果汁10 %飲料、果汁10 %に乳化香料Aを添加した飲料の3種類の飲料について、官能評価を実施した。専門の評価者9名を選定し、甘い香り、酸味、甘味、苦味、ピール感、フレッシュ、フルーティ、果汁感、濃さ、厚み、加熱感、トップの風味の強さ、ミドルの風味の強さ、ラストの風味の強さ、固形感、収斂味、舌残り、まろやか・とろみ、飲みごたえの計19の評価用語を用いて評価を行った(図12)。


果汁10 %飲料と果汁20 %飲料を比較すると、酸味、フレッシュ以外のすべての評価項目について大きな差が見られた。一方で、果汁10 %飲料に乳化香料Aを添加した飲料では、果汁感、濃さ、厚み、ラストの風味の強さ、固形感、舌残り、まろやか・とろみ、飲みごたえが有意に増強され、より果汁20 %飲料の評価結果に類似した結果となった。このことから、乳化香料Aは、食品中において果汁特有の風味を再現することができ、オレンジ果汁飲料中においては果汁10 %分の風味を補うことが示唆された。
ほかの柑橘果汁代替素材としての活用例
ペクチンはオレンジなどの柑橘類のみでなくさまざまなフルーツに含まれており9, 10)、そのフレーバーリリースに寄与していると推察される。そのためペクチンを活用する技術は、今回紹介したオレンジ果汁のみでなく、ほかの果汁の代替素材開発にも応用可能である。現在、グレープフルーツ、パイナップル、ピーチ、ユズなど幅広い果汁群を対象として代替素材の開発を行っている。
いつものおいしさを届けるために
参考文献・資料
- 1)一般社団法人日本伝統野菜推進協会.伝統野菜ニュース.
https://tradveggie.or.jp/traditional-vegetables-news/orange-juice/(参照 2026-07) - 2)Juice News.
https://juicenews.com/p/albert-lasker-orange-sunkist-breakfast(参照 2026-07) - 3)Bové, J. M. Huanglongbing: a destructive, newly-emerging, century-old disease of citrus. Journal of Plant Pathology. 2006, vol. 88, no. 1, p. 7-37.
- 4)Li, M. et al. Effect of centrifugal pre-treatment on flavor change of cloudy orange juice: Interaction between pectin and aroma release. Food Chem. 2022, vol. 374, 131705.
- 5)Doi, T. et al. Emulsion-based control of flavor release profiles: Impact of oil droplet characteristics on garlic aroma release during simulated cooking. Food Research International. 2019, vol. 116, p. 1-11.
- 6)文部科学省.食品成分データベース.
https://fooddb.mext.go.jp - 7)Baker, R. A. et al. Clouds of citrus juices and juice drinks. Food Technology. 1999, vol. 53, p. 64-69.
- 8)金田弘挙.コク・キレセンサーの開発.日本バーチャルリアリティ学会誌.2013, vol. 18, no. 2, p. 98-102.
- 9)Singhal, S. et al. Citrus pectins: Structural properties, extraction methods, modifications and applications in food systems. Applied Food Research. 2022, vol. 2, 100215.
- 10)Konrade, D. et al. Pectin from fruit- and berry-juice production by-products: Determination of physicochemical, antioxidant and rheological properties. Foods. 2023, vol. 12, no. 8, 1615.
- 田中 大河 たなか たいが
-
長谷川香料(株)総合研究所技術研究所
フレーバー部門の経験を経て、現在は技術研究所にて香料の形態化に関する研究業に従事。
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