HASEGAWA LETTER 2020 年( No.39 )/ 2020.08

[ 技術研究レポート ]

ティアレ・タヒチの香り ~愛の象徴であるティアレ・タヒチ。
その香りの魅力に迫る~

長谷川香料フレグランス研究所 喜多沙弥香

ティアレ・タヒチを語る上で、欠かすことのできないのが南太平洋に浮かぶタヒチである。魅惑的な香りを放つティアレ・タヒチは、タヒチの人々の生活に深く関わっている花である。ティアレ・タヒチにまつわるタヒチの人々の生活などを紹介しながら、その香りの魅力に迫る。
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ティアレ・タヒチとの出会い

 私とティアレ・タヒチとの初めての出会いは、タヒチへ旅立つ機内であった。日本とタヒチを結ぶエア タヒチ ヌイに搭乗すると、まずキャビンアテンダントからティアレ・タヒチの蕾が一人ひとりに手渡される。「ようこそ」という歓迎の意味や、「無事を祈る」という意味が込められているそうだ。タヒチまでは、成田から約11時間の長旅であるが、機内で一足先にタヒチを感じることができる。
 ティアレとはタヒチ語で「花」を意味する。その名のとおり、まさにタヒチを象徴する花であり、タヒチの国花に指定されている。タヒチのシンボルであるティアレ・タヒチは、タヒチの航空会社であるエア タヒチ ヌイの機体の尾翼にも描かれている。
 離陸する頃には蕾だったティアレ・タヒチが着陸する頃には開花し、機内で花の香りを観察。フレッシュな嗅ぎ心地ながら、クリーミーで甘い香り。ジャスミンを想起するような雰囲気もあるが、より濃厚で甘い。甘い香りながらもすっきりと透き通っていて心地よい香りなのだ。この香りに魅了され、現地での花と香りへの好奇心が大きく膨らんだ。

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ティアレ・タヒチ

ティアレ・タヒチ

 ティアレ・タヒチは、学名Gardenia taitensis、英名Tahitian gardenia、Tiareと呼ばれている。アカネ科(Rubiaceae)クチナシ属(Gardenia)で、日本のクチナシの仲間である。樹高は50cmから大きいもので4mほどの大きさに育ち、風車(かざぐるま)のような愛らしい形の純白の花を咲かせる。花は直径5cm程度で、5枚から9枚の花弁があり、8枚の花びらは希少であることから、8枚の花びらの花を見つけると「幸運が訪れる、幸運を運んできてくれる」という四つ葉のクローバーのような言い伝えがある。
 原産地は南太平洋のソシエテ諸島であり、タヒチでは昔から栽培されてきたが、今日では南太平洋の島々に自生している常緑低木である。

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タヒチとティアレ・タヒチ

●タヒチとは
 一般的には「タヒチ」と呼ばれているが、正式名称はフランス領ポリネシア。タヒチは太平洋のポリネシアというエリアにある。ポリネシアはハワイ、ニュージーランド、イースター島を結んだ三角形、ポリネシアン・トライアングルの中にある島々の総称である。2017年に日本で公開されたディズニー映画『モアナと伝説の海』はこのポリネシアの地を舞台としている、というとポリネシアの人々のイメージが湧くだろうか。
 タヒチはソシエテ諸島、ツアモツ諸島、マルケサス諸島、オーストラル諸島、ガンビエ諸島の5つの諸島群に分かれており、全部で118の島々がある。うち67の島に人々が住んでいる。世界有数のリゾート地として知られ、ハネムーンなどの利用客が多い水上バンガローが誕生した地でもある。
 タヒチは、画家ポール・ゴーギャンが制作を行った地としても有名である。『noanoa』タヒチ語で「かぐわしき香り」というタヒチ滞在記をつづった画文集がある。ゴーギャンは「ティアレの花の香りを嗅いだ者は、必ずこの島に戻ってくる」という言葉を残しており、彼の絵画の中でティアレ・タヒチの花は、タヒチの女性の耳元や、胸元にレイとして飾られている。ゴーギャンにとっても、タヒチのシンボルと感じていたのではないだろうか。
●タヒチの人々とティアレ・タヒチ
 季節を問わずブーゲンビリア、ジンジャー、ハイビスカスなどの美しい花々が咲き乱れるタヒチ。タヒチの人々にとって花は日常生活に欠かせないものであり、タヒチのシンボルであるティアレ・タヒチは特別な存在である。タヒチの人々とティアレ・タヒチにまつわる話をいくつか紹介する。
 タヒチに住む人々は、女性のみならず、男性もティアレ・タヒチの花を身につけている。男性は蕾を耳の後ろに、女性は花開いたものを。右耳に飾ると「未婚(募集中)」、左耳に飾ると「既婚や、幸せな恋をしている」という意味になるそうだ。私が、タヒチを訪れた際に、ホテルマンやショップの店員をはじめ、道ですれ違う人が、老若男女問わず花を日常的に身につけているのがとても印象的であった。一日に何度もつけ替えているそうだ。それほどにタヒチは花が咲き乱れているのだ。
 また、旅人や故郷に帰ってきた家族を歓迎する際につくられるレイ(首飾り)やハク(花冠)の材料としても用いられている。ティアレ・タヒチの花は、蕾のうちに摘まれティアレ・タヒチの葉で包むと冷蔵庫で数週間もち、お祝いごとや式典などでも広く使われている。
ティアレ・タヒチを身につける人々
●愛の象徴であるティアレ・タヒチ
 ティアレ・タヒチの花言葉は、「私はあまりに幸せである」「幸せすぎて怖い」という幸せあふれる言葉。古代ポリネシアでは、ティアレ・タヒチはとても神聖なものとされ、王室のみに摘むことが許されていた。それは、蕾から枯れるまでの10の過程で異なる名前のついている花であり、特に最初の4段階はそれぞれ、タアロア(天地創造の神)、アテア(世界創造の神)、タネ(美の神)、ヒナ(月の神)のもので、人間には所有できないと考えられていたからだ。身分の高い人が結婚する際は、寝室を含め、家じゅうをティアレ・タヒチの花で埋め尽くしたといわれている。その後、人々に広く知られるようになり、現在では結婚した夫婦の家や寝室を30日間ティアレで飾るそうだ。
●モノイオイル
 タヒチでは、ティアレ・タヒチを鑑賞用として栽培しているだけでなく、モノイオイルの生産用としても栽培している。モノイとは「香るオイル」という意味のタヒチの古い言葉である。ティアレ・タヒチの花が咲くとすぐに摘み取り、バナナの葉で包み、マルシェ(公共市場)などで販売している。モノイオイルも市販されているが、自家製で手づくりする人も多い。ココナッツオイルの中に新鮮な花を蕾のまま漬け込むというシンプルな製法である。大きめのボウルを用意し、ココナッツを削り入れる。そこに花を混ぜ合わせ、炎天下に数時間置いておくと少しずつオイルがにじみ出てくる。ときどき手で混ぜ合わせる。このときに、ヤドカリやカニのミソを入れることで、油分の分離を早めるそうだ。オイルが出てくるのを数週間待ち、丁寧にオイルを濾したのちに瓶に詰め替えてできあがり。
 モノイオイルは皮膚を柔らかにし、保湿作用と保温作用があるとされている。南国の強い日差しから肌や髪を守るほか、海から上がったときや、冷え込む夜などさまざまなシーンで赤ちゃんの頃から使われている。ココナッツの甘い香りと、ティアレ・タヒチのクリーミーな香りのマッチングはとても心地よい。ティアレ・タヒチの甘く透き通る香りにはリラックス効果があるといわれている。モノイオイルは日本でも購入することができ、わが家では入浴の際にバスオイルとして使用し、浴室に広がる香りを楽しんでいる。百貨店などで取り扱いのあるコスメメーカー「NARS」からポリネシアの伝統をくんだボディーオイル「モノイボディーグロー」という商品が発売されている。タヒチの文化の中で何世紀にもわたり使用されてきたモノイオイルはタヒチに限らず注目されているようだ。

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ティアレ・タヒチの香りの研究

 タヒチへの旅から数年。長年あこがれていたティアレ・タヒチの花の香りの研究に取り掛かるチャンスを得た。
 日本で流通しているティアレ・タヒチの苗はタイ産が主であるが、今回希少なタヒチ産を入手することができた。タヒチ産、タイ産ともに花芽つきの鉢植えの外観の様子を比較すると、タヒチ産は葉の先端が丸みを帯びているのに対し、タイ産は葉の先端がやや尖っていた。また、葉の大きさは、タイ産の方がやや大きかった。花の形はタヒチ産、タイ産に特に相違なかった。開花を待ち香気評価を行った。

●ティアレ・タヒチの香気分析
 タヒチ産の花はフローラルフルーティ調で、パウダリーで濃厚な甘さも感じる香りであった。タイ産の花はフレッシュなシトラスとも感じるような爽やかさや、花の蜜様の甘さがあるフローラルフルーティ調の香りであった。
 私がタヒチで出会ったティアレ・タヒチの香りは、タヒチ産の香りの方が近かったが、タイ産のフルーティな香りも嗜好性につながる魅力があると感じ、タヒチ産、タイ産と産地の異なる2種類の香気分析を行った。
① DHS法
 ダイナミックヘッドスペース(DHS)法を用いて、花より発散する揮発性成分を捕集した。タヒチ産、タイ産ともに開花し香りを強く発散し始めた段階の花1輪を、フィルムで袋状に包み込み香気捕集を行った。得られた香気濃縮物を用いてGC-MS分析した。その結果、タヒチ産は約140成分、タイ産では約160成分同定された(図1)。
 主な成分として、タヒチ産ではbenzyl benzoate、methyl salicylate、benzoic acid、linalool、2-phenylethyl benzoate、vanillin、benzyl salicylate 等が検出された。
 タイ産では、linalool、methyl salicylate、2-phenylethyl benzoate、benzoic acid、cis-3-hexenyl benzoate、benzyl benzoate 等が検出された。
② AEDA法
 官能評価で感じたタヒチ産、タイ産それぞれ魅惑的な香りの特徴となっている成分を探索するべく、香気濃縮物を用いてAEDA(Aroma Extract Dilution Analysis)法を行った(図2)。タイ産、タヒチ産ともに香気貢献度(FD値)の高い成分は類似しており、どちらもフレッシュフローラルなlinaloolが最も香気貢献度が高かった。ティアレ・タヒチが甘い香りながらも透き通るような透明感のある香りがするのは、linaloolが寄与していると考えられる。
 特にタイ産ではGC-MS分析での検出割合も突出して高かった。タイ産がフレッシュなシトラス様の香りに感じたのはこの成分が寄与していると考えられる。
 そのほかにタヒチ産、タイ産共通してFD値の高かった成分として、スイートパウダリーなvanillin、ローズ様の2-phenylethyl alcohol、ヒヤシンスグリーンなphenylacetaldehyde、ウインターグリーン様のmethyl salicylateが挙げられる。
 タヒチ産、タイ産で異なる点は、タヒチ産はFD値1と低くはあるが、γ-decalactone、δ-octalactone のクリーミーな要素がタヒチ産の濃厚な甘さに寄与していると考えられる。一方、タイ産では、グリーンなcis-3-hexenyl acetate やペアー様のhexyl acetate が、タイ産のみずみずしいフルーティな香りに寄与し、ハニー様のmethyl phenylacetate が花の蜜様の甘さを構成していると考えられる。

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ティアレの香りの再現

 私が魅了されたティアレ・タヒチの香りを再現するべく、タヒチ産、タイ産二つの産地のGC-MS分析結果とAEDA法により特定した重要香気成分の結果に調香師の技術を加えて、ティアレ・タヒチの香りの再現を行った。
●タヒチ産
 タヒチ産は、benzyl benzoate、benzyl salicylate、2-phenylethyl alcohol、indoleといったフローラルのノートに、タヒチ産の特徴であるクリーミーなγ-decalactone やδ-octalactoneを合わせた。Vanillin は検出量が多く、タヒチ産のパウダリーで濃厚な甘さを表現するには有用だが、もう一つの特徴である透き通るような透明感を損なわない程度に量を調整した。生花の透き通るような透明感はlinaloolとphenylacetaldehydeを配合し、私が魅力を感じたフレッシュかつ濃厚でクリーミーなタヒチ産のティアレ・タヒチの香りが完成した(図3)。
●タイ産
 タイ産は、フローラルな2-phenylethyl alcohol、acetophenone、indoleにフレッシュフローラルなlinaloolを配合し、タイ産の特徴であるフルーティなhexyl acetateを合わせた。さらに、cis-3-hexenyl acetate、cis-3-hexenolといったグリーンノートを合わせることでタイ産の爽やかでみずみずしい花の香りをブラッシュアップした。また、ハニー様の香りであるmethyl phenylacetate、2-phenylethyl acetate、phenylacetic acid をあしらい、フルーティに寄り過ぎない花の蜜様の甘さを表現し、タイ産の爽やかでみずみずしいティアレ・タヒチの香りが完成した(図3)。

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探求心をくすぐる植物との出会い

 ティアレ・タヒチは、タヒチでは愛の象徴とされ、愛らしい姿形、かぐわしい花の香り、美容効果も合わさり、ストーリー性豊かであるのに、日本では認知度が低くティアレ・タヒチの香りをうたったフレグランス製品、トイレタリー製品は少ない。私が現地で魅了されたティアレ・タヒチの香り、私の再現した香りを嗅いで一人でも多くの人が、本物のティアレ・タヒチの香りを嗅いでみたい、タヒチを訪れてみたい、そんな思いが生まれたら調香師として本望である。今後はタヒチ産、タイ産、それぞれの特徴を生かしたティアレ・タヒチの香りをフレグランス製品に応用していきたい。
 香りというのは、記憶と密接な関係があるとよくいわれるが、ティアレ・タヒチと向き合い香りの再現を行う中で、たびたびタヒチの情景が思い出された。ティアレ・タヒチとタヒチにまつわる人々の生活を探る中で、タヒチのライアテア島には、テメハニ高原でしか咲かない5枚の花弁の特別なティアレ、「ティアレ・アペタヒ」という幻の花が存在することがわかった。ぜひともその香りを一度嗅いでみたい。タヒチには、「QUEEN TAHITI」と呼ばれる芯まで食べられる甘いパイナップル、「褐色のダイヤモンド」といわれるバニラの中で最も香りが良いとされる種類が栽培されているそうだ。調香師の探求心と創作意欲を刺激する植物がまだまだたくさんありそうだ。タヒチへの再訪を願う。
 今後も調香師の創作意欲をくすぐるような植物を探索し、研究・フレグランス製品への応用へとつなげたい。調香師として、ティアレ・タヒチと向き合う時間はとても幸せな時間であった。

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参考文献・資料

  • 1)Pardon, D. Guide des fleurs de Tahiti ses îles. Pacific Promotion Tahiti,
    2006.
  • 2)近藤純夫.新版ハワイアン・ガーデン-楽園ハワイの植物図鑑.平凡社,2019.
  • 3)WCG 編集室.タヒチ-南太平洋の島々と「楽園」の素顔(ワールド・カルチャーガイド).トラベルジャーナル,2000.
  • 4)三上常夫,若林芳樹.香りを楽しむ庭木の本.講談社,2016.
  • 5)ガーデン植物大図鑑.講談社,2008.

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