HASEGAWA LETTER 2019 年( No.38 )/ 2019.07
[ 技術研究レポート ]
「スパイスの王様−コショウ」の
香りの追求とリプレーサーの開発
~天然原料の現状と代替ニーズへの対応~
加工食品には数多くの天然原料が使用されており、昨今、それらの価格高騰や品質管理が食品メーカーの大きな課題となっている。そのような状況の中、代替素材のニーズやコストダウン素材の提案要望が増加してきている。
本稿では、ペパーリプレーサーの開発経緯・事例を中心に、天然原料代替素材ReplaTH™(リプラス™)について紹介する。
セイボリー系加工食品市場
加工食品を購入する際、どのような商品を選ぶだろうか? 加工食品の多くは調味料、麺類、畜肉・水産系加工品などの塩味系(セイボリー)に分類される。セイボリー(Savory)とは、「味の良い」「香りの良い」「食欲をそそる」「薬味が程よく効いた」という意味で用いられる言葉である1)。
セイボリー系加工食品市場を見てみると、2009年は約5兆7,000億円であった売上額は2017年(見込)には約5兆9,500億円に伸びている(図1)。さらに、2017年におけるセイボリー系加工食品市場の内訳を見てみると、調味料(27%)、麺類(19%)、畜肉加工品(17%)となっており(図2)、調味料を除くとセイボリー系加工食品のほとんどは手軽に食べられる加工食品類といえる。
こうした日本国内のセイボリー系加工食品市場拡大の背景には、高齢化の進行と夫婦共働き世帯の増加といった社会構造の変化が関係していると考えられる。
天然原料の価格高騰
- 加工食品市場が拡大し続けている中、食品メーカーはある不安を抱えている。それは、原料に使用している天然原料の価格高騰や品質のばらつきである。では、いったいなぜこのような現象が起きているのだろうか?
- ●価格高騰と品質がばらつく要因
- 天然原料の価格高騰、品質に影響を与える最も大きな要因は、近年われわれも大きな被害を体験している猛暑や大寒波などの世界的な異常気象である。世界的異常気象によって天然原料の生育不良や不作・不漁が生じ、収穫期を迎えても十分な供給量が得られないだけでなく、品質にも大きな影響を及ぼすこととなる。今後も異常気象が長期にわたって続くと、天然原料の供給量不足や逼迫、品質のばらつきに歯止めがかからないだろう。
価格高騰のもう一つの大きな要因として、新興国・途上国の人口増加と食の欧米化に伴う天然原料の消費量拡大が挙げられる。欧米食は肉・魚が多く用いられ、風味づけにスパイス・ハーブなどの香辛料が使われる。一方で、天然原料の生産量は大きく増えていないのが実情である。将来、さまざまな天然原料の安定供給が難しくなる可能性も出てくるだろう。
また、経済も天然原料の価格高騰の大きな要因である。日本で売られている天然原料の多くは輸入品であるため、世界市場が円安に動くと輸入価格が高騰してしまう。
天然原料代替素材の開発
- セイボリー系加工食品市場の拡大に反するように天然原料の価格高騰が起きているという背景から、食品メーカーからは天然原料代替素材を求める動きが加速している。
そこで当社では天然原料代替ニーズに応えるため、天然原料代替素材の開発に取り組んだ。取り組みの一例としてコショウについて詳しく紹介する。 - ●コショウの価格推移
- コショウは価格が高騰している代表的なスパイスである。ここでコショウの価格推移を見てみると、2009年以降高騰し続けており、2004年の価格と比較すると、2015年は約5倍にも高騰している(図3)。価格高騰の原因として、先に述べた異常気象による影響や新興国の人口増加と食の欧米化により、肉・魚料理や即席麺、ハンバーガー向けの需要が拡大したことが挙げられる。
2016年になって価格はやや下がり、2017年も若干下がったものの、今後の異常気象や経済状況により高騰・下落を繰り返すと予想される。しかし、数年以内に2004年の水準までの低下は見込めないだろう。そのため、食品メーカー各社からのコショウ代替素材のニーズは高く、今後も需要は拡大していくと考えられる。
- ●コショウについて
- コショウの歴史は古く、ギリシャ時代(約2500年前)にインドからヨーロッパに伝わり、主に医薬品として使われていた。以降もコショウは貴重な品目として扱われており、お金の代わりとして利用されていた。日本にコショウが伝来したのは奈良時代といわれている。
コショウ(英:Pepper、学名:Piper nigrum L.)はコショウ科のつる性の植物で、原産地はインド(南西部マラバール)、生産国はマレーシア、インドネシア、ベトナム、インドなどの熱帯地域である。苗を植えてから最初の収穫までに4~5年を要し、十分な収穫量を得られるのは7~8年後で、条件が良ければその後15~20年間収穫を続けられる。
コショウは房状に黄緑色の花をつけた後、50~60個の緑色の果実をつける。収穫期は2~3月で、その後の処理方法により、黒コショウ、白コショウ、青コショウ、赤コショウに分類される。生産されているコショウのうち、一般の市場に主に流通しているのは黒コショウと白コショウである。
黒コショウ(ブラックペッパー):完熟前の緑色の果実を摘み取り、天日で2、3日かけて乾燥させたもの。ウッディな香りと強い辛味が特徴で、ビーフステーキ、カルボナーラなど味の濃い料理、においの強い素材とよく合う。ハッシュドポテト、雑炊など淡泊な風味の料理に用いると、おいしさを引き立てるアクセントとなる2)。
白コショウ(ホワイトペッパー):果実が赤色に完熟してから収穫し、1週間程度水に浸して発酵させ、柔らかくなった皮を剝いでいく。発酵中の白コショウは強烈なアニマリックな香りと強い辛味が特徴で、料理の風味や色を損なわずに辛味をつけることができる。オムレツやクリームシチュー、白身魚のムニエルなど、素材の風味を生かしつつ辛味をつけたいときや色の淡い料理に用いられることが多い2)。
- ●コショウの産地ベトナム
- ベトナムは南北に長く温暖な気候で、コショウのほか、コーヒー、カシューナッツ、ゴムの生産国として有名である。2017年のコショウ生産量は世界全体で年間約69万トン、その内ベトナムが39%を占めており、生産量世界1位となっている(図4)。
- ベトナムでのコショウ生産はホーチミンに近いビンフゥォク省、バリア・ヴンタウ省、ドンナイ省とフーコック島(キエンザン省)が伝統的な産地であり、ザライ省、ダクラク省、ダクノン省の3省はここ数年間で生産が盛んになってきた地域である(図5)。この7地域でベトナムの総生産量の約90%を占める。
- ●ベトナムコショウ農園の視察
- コショウについての知識をより深めるために、2017年にベトナムのコショウ農園視察に行った。視察ではホーチミン市から東に約80 kmの所に位置するドンナイ省の農園を訪問した。
マレーシアやインドネシアは収穫時の作業効率を重視して2 mほどの高さで栽培しているのに対し、ベトナムではコショウの木を4 mほどの高さに栽培し、1本当たりの生産・収穫量を多くしている。視察時は4月だったため収穫期は過ぎていたものの、収穫作業および製造工程の一部分を見ることができた。白コショウ乾燥中の農家周辺には強烈な発酵臭とアニマリックな香りが漂っていたのがとても印象的であった。また、白コショウの生産についてこれまでの認識と異なる方法を用いていたことに衝撃を受けた。通常、白コショウは完熟の果実を水に浸して発酵させた後、皮を剝いで乾燥させてつくっていく(図6実線)。しかし、ベトナムでは黒コショウを水に浸して皮を柔らかくし、皮を削り取ってつくる白コショウも存在することがわかった(図6破線)。欧米人が白コショウ特有のアニマリックな香りを嫌うことを受け、欧米向けには黒コショウの表面を削り取ったタイプを白コショウとして輸出している。
- ●コショウの香気分析
- 農園の視察で感じられたコショウの香りがどのような香気成分で構成されているのかを理解するために、黒コショウと白コショウの香気分析を行った(図7)。黒コショウ、白コショウともにα-pinene、limonene、β- caryophylleneが主成分として含まれている。白コショウは酸臭に寄与するbutanoic acid、アニマリックな特徴に寄与するp-cresol、skatoleが黒コショウよりも多く検出された。これらの成分が白コショウに特徴的な発酵臭に寄与している。これらの分析結果を基に、ブラックペパーフレーバー、ホワイトペパーフレーバーのアロマプロファイルを作成した(図8)。
- ●Rotundoneの応用
- 近年の分析技術の発展とGC/O(GC Olfactometry)により、ガスクロマトグラムには検出されない微量の含硫化合物・含窒素化合物や他の重要香気成分の推定・同定が可能になった。コショウの分析においても、コショウ様の香りを特徴とする微量の不明成分が存在し(図7)、後にrotundoneであることがわかった。
Rotundoneは黒コショウ、白コショウにおいて重要香気成分として同定されており3)、非常に閾値が低い化合物である。フレーバークリエーションにおいて、閾値の低い微量香気成分を加えることはフレーバーの特徴を強化し、より天然に近い風味を付与するのに重要である。そこで、ペパーフレーバーにおいてrotundoneによる添加効果が期待できると予測し応用を試みた。
Rotundoneを添加したペパーフレーバーと無添加品を用意し、どちらがよりコショウらしさを感じるか官能評価を実施した結果、rotundone添加品において有意にコショウらしさが感じられることがわかった(図9)。Rotundoneの添加により、従来のペパーフレーバーでは表現できなかった天然感を付与することが可能になった。
ReplaTH™ペパーの開発
加工食品においてコショウは主に粉末で使用されるため、前述の知見を応用しペパーフレーバーを調香後、粉末製剤化したReplaTH™ペパーを開発した。賦形剤にトレハロースを使用することで、保留性・安定性が高く、長期間ひき立ての香気を保つ効果がある、当社粉末製剤化技術のハセロック®()を応用している。黒コショウタイプ、白コショウタイプともに黒コショウ粉末、白コショウ粉末の約12倍の強さを有するため、コショウ粉末の使用量を減らすことが可能になり、コストダウンが図れる。さらに、天然原料を使用せずに開発しているため、安定した価格で安定した品質での提供が可能である。
ReplaTH™は価格が高騰している天然原料の代替だけでなく、HALALのような宗教問題やアレルギー問題に該当する天然原料の代替素材としても利用可能である。
変化する食品市場への対応
コショウをはじめ、香料でニーズの高いスパイスや動物原料などは価格高騰傾向にあり、将来的には逼迫が起こる可能性もある。このような事態に素早く対応できるようにReplaTH™をシリーズ化している。さらに、消費者の嗜好性や食品市場は絶えず変化しており、それに伴った食品メーカーのニーズも変化していくと予想される。当社は調香・分析・合成の高い技術力を駆使し、食品メーカーのさまざまなニーズに対して常に高品質で魅力的な素材を提供できるように努めるだけでなく、消費者が求める「おいしさ」にも応えたい。本稿で紹介したReplaTH™ペパーをはじめとするスペシャリティな素材開発と展開に貢献したい。
◎ハセロックは、長谷川香料株式会社の登録商標です。
参考文献
- 1)ジーニアス英和辞典.第4版,大修館書店,2006.
- 2)新装版スパイス&ハーブの使いこなし事典.主婦の友社,2017, p. 57.
- 3)Wood, C.; Siebert, T. E.; Parker, M.; Capone, D. L.; Elsey, G. M.; Pollnitz, A. P.; Eggers, M.; Meier, M.; Vössing, T.; Widder, S.; Krammer, G.; Sefton, M. A.; Herderich, M. J. From wine to pepper: rotundone, an obscure sesquiterpene, is a potent spicy aroma compound. J. Agric. Food Chem. 2008, vol. 56, no. 10, p. 3738–3744.
- 山田 晴久 やまだ はるひさ
-
長谷川香料(株)総合研究所フレーバー研究所
菓子類香料開発(主にミント、フルーツ系)、基礎調香研究を経験し、現在はセイボリー系香料のフレーバー開発に携わっている。
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