HASEGAWA LETTER 2025 年( No.43 )/ 2025.01
OUR 技術レポート
多彩なユズの香り ~状態によって変わるユズ~
ユズは日本が誇る香酸柑橘である。その香りは魅力的で当社においても長年研究を続けてきたが、これまで行ってきたのは果皮を傷つけることによって得られる果皮油の香りが中心であった。今回は生活の中で日本人が楽しんできたユズの香りに注目し、果皮を傷つけない丸ごとのユズとゆず湯の香りを研究した。多彩なユズの香りについて紹介する。
世界に認知されつつあるユズ
ユズは日本の伝統的な柑橘である「和柑橘」とも、香りと酸味が豊かな「香酸柑橘」とも呼ばれる。日本発の魅力的な香りを有するユズは近年世界で知られるようになった。食の世界ではパリやニューヨークのシェフたちが料理や菓子に使うようになり、産地の高知県や徳島県の尽力によりヨーロッパ、アメリカなどへの輸出が拡大している1)。こうした青果や加工品の使用の広がりとともに、これまで日本と韓国に限られていたユズの栽培は原産国の中国やオーストラリア、スペイン、イタリア、フランスでも行われるようになった。香粧品の世界を見てみると、1990年代中頃から香水のモチーフにYUZUが登場しはじめ、この10年で名前にYUZUまたはYUJAと記載されている香水が約40 品、モチーフにYUZUが入っているだろう香水が400品程度と広がりを見せている2)。
生活の中でのユズと香り
当社は数十年前からユズの香りの研究を継続的に行ってきた。2007年には果皮油の詳細分析から(6E,8Z)-undeca-6,8,10-trien-3-one(YUZUNONE®)などを発見し3)、天然のユズオイルを用いることなくユズらしさを再現した香料を提供することに成功している。ユズの香りの研究はこれで終わりであろうか? 日本人の生活の中でのユズの香りの楽しみ方に目を向けると、果皮を削ったり、果汁を搾ったりして食用するだけでなく、ユズを置いておくと一帯が華やかな香りになったり、冬至にゆず湯の香りに癒やされたりする経験がある方も多いのではないだろうか。私が体験した中で強く記憶に残っているのは、研究用に購入した大量のユズを一時的に保管していた研究所の部屋での圧倒的な香りである。また、屋外展示のある美術館を訪れたとき心地よい香りに気が付いて、ワクワクしながら香りをたどって行くと大量のユズが浮かんだ大きな足湯に行き当たり驚いた体験もある。時々に感じるユズの香りは、当社が長年研究してきた果皮油と同じだろうか。生活の中にある、状態の異なるユズの香りに注目し研究することとした。
状態の異なるユズの香気分析
ユズをはじめとする柑橘類の主なにおいの供給源は果皮にある「油胞」と呼ばれる部分である。油胞の中の香りは皮を傷つけることにより、外に出てくることになる。果皮を削ったり、産地では2分の1カットしたユズを搾る際に断面を下に向けて搾る「北半球搾り」ではなく、香り高い果汁を得るために果皮を下に向けて搾る「南半球搾り」が行われたりするのは、油胞の中にある香りを多く取り入れるためである4)。果皮を傷つけたユズの香りの研究は多く行ってきたが、今回は視点を変え、果皮を傷つけない丸ごと(以下:ホール)とゆず湯の香りを研究対象とした。
ヘッドスペース法による香気捕集
ホールの香りはホールの表面から発する香りを対象とし、ゆず湯は冬至を伝えるニュースの映像・写真で目にするたくさんのユズが浮かんでいる銭湯や温泉を想定し、湯から立ち上る香りを対象とした。これらの香りを捕集する方法として対象物周囲の空間の香気を捕集する方法であるヘッドスペース法を選択した。果皮油の研究でも用いた高知県産黄ユズを1箱購入し、そのうち香気良好個体を選抜し、最も香気が強い個体をホール用とし、その他はゆず湯の検討に用いた。ガラス器具にユズまたは湯とユズを入れ、ヘッドスペース部に揮発してくる香気を評価、捕集を行った(図1、図2)5)。
香気バランスの比較
香気捕集後、各香気捕集部から有機溶媒を用いて香気成分を取り出し、常圧蒸留にて溶媒を留去することで香気濃縮物を得た。香気濃縮物のGC-MS(Gas Chromatography-Mass Spectrometry)測定を行い、検出された主な成分とその香気バランスをグラフ化し、果皮油と比較した(図3)。その結果、果皮油の主成分はlimoneneであるのに対し、ホールでは(E)-ocimeneとエステル類が、ゆず湯はエステル類に加えて、linaloolとdodec-9-eno-12-lactoneの割合が大きく、果皮油とホール、ゆず湯と状態により香気バランスが異なることが明らかとなった。
GC- におい嗅ぎ分析
続いて、それぞれの香気濃縮物でGC- におい嗅ぎ分析を行った。においを検知したうち強度が強かった箇所を抜粋した香気寄与成分を図4に示した。フルーティなethyl butanoate、ethyl hexanoate、 ethyl octanoate、フローラルなmethyl jasmonate、ウッディなdodec-9-eno-12-lactone はホールとゆず湯では果皮油に比べて割合が大きく、寄与度が高いといえる。ゆず湯では前述に加えてフローラルなlinalool、薬様のthymol の割合が大きかった。続いて、GC-MS でピークが検出されなかったもののGC- におい嗅ぎで存在が確認された微量成分(odor detected:od)に注目すると、果皮油中のユズの特徴成分として報告したガルバナム様のYUZUNONE®、(3E,5Z,8E)-undeca-1,3,5,8-tetraene、トロピカルな4-methyl-4-mercapto-2-pentanone はいずれの状態でも存在が確認され、これらは形態を問わずユズらしさに寄与しているといえる。また、ホールとゆず湯のみで検出された(1E,3E)-4-methyl-1-(prop-1-en-2-yloxy)hexa-1,3,5-triene は当社がマンゴーから見いだし、初めて同定した化合物である6,7)。
ホールとゆず湯の香りは果皮油とは大きくバランスが異なるものの、果皮油で見いだした特徴成分は共通して存在し、ユズに欠かせないことを再認識した。ホールではエステル類によるフルーティな明るさを、ゆず湯ではエステル類に加えてフローラルなlinalool やウッディなdodec-9-eno-12-lactone により柔らかく温かさを感じたといえる。これらの状態が果皮油とは異なる魅力をもつ香りであることを可視化することができた。
ゆず湯はいつもどこでも同じ香り?
果皮油、ホール、ゆず湯と状態により感じるユズの香りは違いがあることはわかった。以前、美術館の足湯で感じたゆず湯のにおいは驚くほど強かったが、自宅の風呂にホールのユズを数個入れ、準備後すぐに入浴したこどもから「全然におわない」といわれたこともある。なぜだろうか。先に分析したゆず湯はホールのユズを入れて長時間かけて捕集した結果であった。そこで湯にユズを入れた後、その香気はどのように変化するのか、ユズを入れてどのくらいたてば香りが楽しめるのかを把握するため、経時変化を測定した。
経時的な香りの変化
ユズ1個を使って、湯に入れた後の香気を経過時間ごとに捕集し、GC-MS にて測定を行った(図5)。この測定では香気成分の量を測定するため、横軸をGC-MS のピーク面積値とした。グラフが長くなるほど香気量が大きいとみなせる。
湯に入れた後15分では全体の香気量はかなり小さく、時間の経過とともに香気量が増えた。香気量の増加は15分で主成分であった(E)-ocimeneよりもエステル類やlinaloolの方が大きく、湯に浸かっている間にこれらの成分の割合が大きくなっていることがわかった。これらは香りの寄与が大きい成分である。ゆず湯の場合、香りの発生源は湯に浮かんだ部分の表面と、湯に浸かった部分の表面から香気成分が溶けた風呂の湯の表面の二つがある。時間とともに起こるバランスの変化は湯に浸かった部分から発する香気成分の湯への溶けやすさが影響しているといえる。150分からlimoneneが目立ちはじめ、300分では(E)-ocimeneよりも大きくなった。300分の香気捕集後のユズを湯から上げて表面を観察すると(図6)、湯から浮かんでいた部分は湯に入れる前と同様に油胞の粒が見てとれるが、湯に浸かっていた部分は水分が皮の中に浸み込み油胞が広がって境界がぼやけて、粒がはっきり見えない状態であった。このことから、湯に浸かった部分は水分が浸み込み油胞から果皮油が染み出て、果皮油の主成分であるlimoneneが大きくなったといえる。ホールのユズを湯に入れて香りが立つようになるまである程度の時間がかかることがわかった。「全然におわない」といわれてしまった理由が明らかとなった。
わが家流ゆず湯の香り
ここまでで、「わが家のゆず湯と違う」と思う方がいるのではなかろうか。自宅でゆず湯を準備する際に丸ごとのユズではなくて、カットしたり、表面をつまようじで刺したり、果汁を搾った後の果皮を使用したりする場合もあるかと思う。これらは共通して「果皮を傷つけた」状態のユズである。その場合どうなるか、経時変化に用いたユズとは別個体を横半分の2分の1カットし、切り口が湯側になるように入れ、同様に測定を行った。その結果を図5の一番下に示している。
グラフの横軸の数値がホールの場合と異なることに注意してみていただくと、2分の1カットしたユズを入れた場合、全体の香気量はホールよりもかなり大きく、その主成分はlimoneneであった。これはカットした断面の油胞から出ている果皮油が湯に溶けて揮散しているためである。ホールよりもカットした方が香りを強く感じるが、香気バランスは大きく異なり、香りの質は違ったものとなっている。ゆず湯に入っているとき、ホールのままのユズを湯の中でもんで香りが強くなった経験があるが、ホールの状態の香りが強くなったのではなく、刺激により油胞から果皮油が染み出たことにより果皮を傷つけたときと似た香りが強く感じられていると考えている。どんな状態でもユズが入った風呂はゆず湯である。読者の皆さまの家のゆず湯はどのタイプだろうか。またどのタイプのゆず湯がお好みだろうか。ゆず湯を体験する際にはユズの状態を少し気にして、香りを楽しんでほしい。
多様な香りで魅せるユズ
奈良時代前後に日本に渡来したといわれるユズは日本人の生活の中で重宝されてきた。果実を加工し食事に取り入れて楽しむだけでなく、ホールのユズを愛でたり、お風呂に入れたりとその時々の香りが楽しまれている。今回はユズの状態に着目し、ホールとゆず湯の香りの研究を行った。力強さは果皮油にはかなわないものの、ホールとゆず湯それぞれで感じる香りは異なることを明らかにすることができた。またゆず湯はユズの状態によって、ユズを入れてから経過した時間によって、感じる香りは変わるということを可視化した。可視化することにより、今まで体験してきたユズの香りの魅力を再発見することにつながったと考えている。読者の皆さまのお好みのユズの香りはどの状態だろうか。ユズに触れるとき、今回のレポートがユズの香りを楽しむ一助になれば幸いである。
参考文献・資料
- 1)日本貿易振興機構(ジェトロ).日本産食材ピックアップ
https://www.jetro.go.jp/agriportal/pickup/ - 2)長谷川香料株式会社調べ
- 3)Miyazawa, N.; Tomita, N.; Kurobayashi, Y.; Nakanishi, A.; Ohkubo, Y.; Maeda, T.; Fujita, A. Novel character impact compounds in yuzu (Citrus
junos Sieb. ex Tanaka) peel oil. J. Agric. Food Chem. 2009, vol. 57, no. 5, p. 1990-1996. - 4)冨田直己.ユズらしさを求めて.HASEGAWA LETTER. 2010, no. 29, p. 28-33.
- 5)冨田直己,佐々木久美子,坂巻憲佐.柚子とゆず湯の香気分析.第35回におい・かおり環境学会.2022.
- 6)小西俊介,冨田直己,福島祐介,増田唯.アルフォンソマンゴーから見出された新規重要香気成分の構造決定.第61回香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会.2017.
- 7)長谷川香料株式会社.トリエンエーテル化合物、香料組成物、ならびにこれらを含有する飲食品および香粧品.特許第6647256号.
- *YUZUNONE(ユズノン)、YUZUOL(ユズオール)は、長谷川香料の日本等における登録商標または商標です。
- 冨田 直己 とみた なおみ
-
長谷川香料(株)総合研究所フレグランス研究所
香気分析を専門とし、フレーバーおよびフレグランス香料開発を支援。
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