HASEGAWA LETTER 2023 年( No.41 )/ 2023.03

OUR 技術レポート

クロワッサンの世界 〜食感と香りがもたらす幸福感〜

長谷川香料(株)総合研究所 高橋光輝

クロワッサンは、きれいな層のある見た目、表面がサクサク、ホロホロと崩れる、内側のしっとりとした食感、バターの濃厚な味わいや芳醇な香りが特徴的であり、今や日本人にとってもなじみ深いものとなっている。このようなクロワッサンのおいしさはどのようにつくられるのか? 多くの人々を魅了し続けるクロワッサンの魅力について追究した。

  • 2023 年( No.41 )
  • OUR 技術レポート

クロワッサンのイメージと魅力

 皆さんは「クロワッサン」について、どのようなイメージをもつだろうか?
 クロワッサン(Croissant:仏語)。発酵生地特有のボリューム感。かつ、生地とバターなどの油脂を丁寧に折り重ねることで生まれる、一つひとつの層が美しい特徴的な見た目とつい手に取りたくなるようなきれいな焼き色。焼きたてを一口噛めば、クラストの香ばしさやサクサク、ザクザク、ホロホロ崩れる食感と、クラムのソフトでしっとりとした食感に加え、ジュワーッと口中に広がるバターの濃厚な味わいが感じられる。クロワッサンを食べたことがある方ならこのようなものをイメージするだろう。職人の手によって、一つひとつ丹精を込めてつくられたクロワッサンは芸術的であり、それを食べることは普段と違う特別感がある。
 私が印象に残っているクロワッサンは、十数年前にホテルの朝食で食べたもの。きれいな見た目もさることながら、クラストのパリッ、サクッとした食感と芳醇なバターの香り、味わいに、これまで本格的なクロワッサンを食べてこなかった当時高校生の私は、衝撃を受けた。「クロワッサンってこんなにおいしいんだ!」と夢中になって食べたことを今でも覚えている。
 クロワッサン=フランスのイメージがあるが、そのフランスでもクロワッサンはバゲットなどのように毎日食べるようなものではなく、ちょっと特別な、週末のお楽しみに食べるものとして捉えられている。日本ではあまりなじみがないが、フランスではクロワッサンをカフェオレにつけて食べるそうだ。ボロボロこぼすことなく、しっとりとして食べやすくなるのだとか。五感を刺激するおいしさ、バターリッチな芳醇な香り。そして、贅沢感や特別感。これらが相まって、私はクロワッサンは食べる人に「幸福感」をもたらすものであると考えている。

 クロワッサンは日本人にとってもなじみ深く、好きなパンは?と聞かれると必ずといっていいほど上位に入るほど人気となっている。ベーカリーの店頭を見ると、王道のクロワッサンから、バイカラータイプや中にクリームなどのフィリングが入っているもの、さらには家で焼くだけで出来たてを食べることができる冷凍生地まで、さまざまな幅広いタイプのクロワッサンが売られており、それだけクロワッサンは需要が高く、魅力的であることがわかる。
 クロワッサンが人々を引きつける要素は何なのか。「形」「見た目」「大きさ」「食感」「味」「色」……。さまざまな要素が考えられる。そこで、人々を魅了する「クロワッサンの世界」をテーマに掲げ、その歴史や製造工程からおいしさ・特別感につながる要素としての「食感」や「香り」についてピックアップし、見ていくことにした。

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クラスト
パンの外側。皮の部分。

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クラム
パンの中身。いわゆる白くて柔らかい部分。

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バイカラー
2色の生地を使ってつくられたもの。

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フィリング
詰め物。パンやお菓子の中に入れるクリームやジャム、または間に挟むような具材のこと。

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クロワッサンの誕生

 製パン技術が飛躍的な進化を遂げたのがルネサンス時代。それまでのパンは小麦粉と水を合わせて焼いたリーンな配合のパンが主流だったが、この時代からバターや卵、砂糖などの副原料を使用したリッチな配合のパンがつくられるようになった。そんなリッチなパンが最も発展したところが、オーストリアのウィーンである。リッチなパンとして知られるクロワッサンの歴史は諸説あるが、1683年にウィーンで誕生したという説が有名だ。かつて、オーストリア・ハンガリー帝国がオスマントルコ帝国と交戦中、トルコ軍がウィーンを包囲したが、オーストリア軍の守りの堅さに手を焼いて包囲は長引いていた。そこで戦争の終結を急いだトルコ軍の兵士たちが、城塞の下にトンネルを掘って侵入を図ったが、その掘削音を朝早くから働いていたパン職人たちが聞き、不審に思い、軍に知らせて形勢が逆転。オーストリア・ハンガリー帝国を勝利に導いた。この勝利を記念してトルコ軍の旗印であった三日月を食べるという意味を込めて、ドイツ語圏であるオーストリアで三日月形を意味するキプフェル(kipfel)というパンがつくられた。フランスにはマリー・アントワネットが嫁いだ際に伝えられ、フランス語で同じく三日月を意味するクロワッサン(croissant)という名で呼ばれるようになったのである。
 この頃のクロワッサンは、油脂を折り込まない発酵生地を焼いたものである。現在のような油脂折り込みタイプのクロワッサンは1920年フランス、パリのパン職人の手によってつくられた。フランスは農業、酪農が盛んであり、バターをつくる技術も高かったことで、このタイプのクロワッサンをつくることができたのだろう。このような背景から今日のようなクロワッサン=フランスというイメージができたと考えられる。ちなみに、フランスでパンといえばバゲットやカンパーニュなどのリーンなパンのことを指すのに対し、ブリオッシュやクロワッサン、デニッシュなどのリッチなパンは「ヴィエノワズリー(ウィーン風の)」という名で呼ばれている。

[参考資料 1-5)]


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リーンなパン
原材料が小麦粉、水、パン酵母、塩などの基本材料を中心に構成されたパンのこと。

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リッチなパン
原材料が小麦粉、水、パン酵母、塩などの基本材料のほかに、糖類、油脂、卵、乳製品などの副原料を入れたパンのこと。

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クロワッサンはなぜ膨らむのか?
―食感を形成する要因―

 クロワッサンと同様にクラストが崩れる食感の代表としてパイがある。つくり方としては、どちらも生地と油脂を層状に折り込んでいく製法である。パイとクロワッサンの違いは、クロワッサンの生地がパンと同じ発酵生地であるという点がパイと異なる。つまり、クロワッサンの膨らみ方には、パンとパイの二つの要素が関与しており、その結果、あの特徴的な美しい層のある見た目、クラストはサクサク、ホロホロ、クラムはソフトな食感をつくり出しているのである。

クロワッサンの製造工程

 クロワッサンのおいしさの要素である「食感」はどのようにしてつくられるのか。まずは、パン酵母を使用した一般的なクロワッサンの製造工程を紹介する(図1)。「どうやってつくられるのか?」「なぜ膨らむのか?」について、さらにクロワッサンのおいしさを形成するポイントを製造工程別に解説する。

食感の形成 膨らむメカニズム

 まず、クロワッサンのおいしさの要素として重要な「食感」を形成するポイントと、膨らむメカニズムについて解説する。
①生地ミキシング~②発酵、⑥最終発酵
 クロワッサンの膨らみは、生地を発酵させる工程が関与する。ミキシングで原料を混ぜる際に、生地中に空気(気泡)を抱き込むことで、その気泡を核としてパン酵母のアルコール発酵により発生する炭酸ガスが集まる。そして、炭酸ガスが発生するにつれて気泡が膨らみ、グルテンの膜が内側から押し広げられて、しなやかに伸び、膨らんでいく。ゴム風船に息を吹き込み、膨らませるようなイメージである(図2)。
 クロワッサンは、成形後に最終発酵を行う。その温度は、折り込み時に使用する油脂の融点より低くすることが必要で、これにより、油脂を溶かすことなく、きれいな層を維持でき、焼成時の膨らみが良くなる。

食感の形成 美しい層ができるメカニズム

③、④油脂折り込み
 クロワッサンの特徴の一つとして、美しい層がある。クロワッサンを均一に膨らませ、きれいな層をつくるために必要なポイントは、正確な折り込み作業と生地、油脂の温度管理である。生地と油脂を同じ硬さ、同じ温度に冷やしておくことで、生地の伸展性と油脂の可塑性(かそせい)が同レベルになり、生地が伸びた分、油脂も同じように伸びるため、生地と油脂の厚さが均一できれいな層が形成される。この工程により、焼いた際の適度な膨らみと食感が生まれる(図3)。

 基本的な折り数は3つ折り3回になるが、これは、生地と油脂の層の厚さが無理なく、焼き上がりがはっきりとした層になる数だからである。最近では、リテイルベーカリーでは折り層が少ない製品を多く見かけるようになった。折り数の違いによってどのような違いが生まれるのだろうか。折り数を減らすと、生地が厚くなり、焼成後は層が粗くなり生地が剝離しやすくなるが、ザクザクとした食感となり、より油脂の濃厚感を感じられるものとなる。一方、折り数を増やすと、生地が薄くなる分、口当たりが軽く、サクサク、ホロホロとした崩れる食感となる(図4)。折り数については、つくり手のこだわりを感じられるところである。

⑤分割・成形
 近年では、さまざまな形状のクロワッサンを見かけるようになったが、フランスでは、バターを使用したものはストレートのひし形成形、マーガリンを使用したものは三日月形成形でつくるようになっている。

⑦焼成
 クロワッサンの膨らみと食感は、発酵生地と油脂の特性により最終的に焼成段階で決定する。

発酵生地について

 生地をオーブンに入れると、生地内部の温度が約60℃となる。つまりパン酵母が死滅するまではアルコール発酵による炭酸ガスの発生により、生地が膨らむ。そして、温度のさらなる上昇の結果、炭酸ガスの熱膨張や生地の一部の水分が水蒸気に変わることで、体積が大きくなり、生地が押し広げられ、さらに膨らんでいく。その後、グルテンが、保持していた水を分離して固まることで膨らみを支える生地の骨格となり、デンプンが、グルテンの離した水や生地中の水を吸収して糊化して固まることで、クラムのしっとりとした食感がつくられる(図5)。

油脂について

 生地をオーブンに入れると、折り込まれた油脂が熱により溶け、高温の揚げ油のようになり、油脂中の水分(バターの場合は約16%)および生地の一部の水分が激しく蒸発する。水が水蒸気に変わる際に体積が大きくなるため、その膨張力により、生地が膨らみ、一枚一枚が浮き上がった隙間(層)ができる。このような過程を経て、クラストのきれいな層とパリッとサクサクした食感となり、溶け出た油脂は生地に染み込み、芳醇な風味、香りとなる(図5)。

 このように生地の調製から発酵や形成方法などいくつもの工程を経て、クロワッサンのあの特徴的な見た目や風味、食感がつくられるのである。

[参考資料 1), 5-12)]

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アルコール発酵
パン酵母が生地中の小麦粉や砂糖などに含まれている糖を分解吸収し、エネルギーを得る反応。C₆H₁₂O₆→2C₂H₅OH(エタノール)+2CO₂(炭酸ガス)+2ATP(エネルギー)

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グルテン
小麦に含まれるタンパク質であるグルテニンとグリアジンが水と合わさることで形成される。粘弾性に富む性質があり、アルコール発酵により発生する炭酸ガスをしっかりと保持することで、生地を膨らませることや焼成時に固まることでパンの骨格となり、膨らみの維持に関与する。

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可塑性(かそせい)
外から加えられた力によって粘土のように自由に形を変えられる性質。

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リテイルベーカリー
製造と販売を同じ店舗で行っているベーカリーのこと。

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クロワッサンのおいしさとは
―人々を引きつける香り―

 クロワッサンのおいしさを感じる要素は食感だけではない。それは「香り」である。その中でも、当社が行ったバターを使用したクロワッサンの分析をもとに、特に重要だと考えられる①発酵由来の香気、②バター由来の香気、③焼成由来の香気、という大きく3つに分けて見ていく。

発酵由来の香気

 生地を発酵する過程では、パン酵母の糖代謝によるエタノール(そのほとんどは焼成時に消失してしまう)をはじめ、アミノ酸代謝による高級アルコール、有機酸、エステル類、ケトン類などの多くの香気成分が生成され、クロワッサンの風味を形成する。その中の代表的なものとして、酒様やハチミツ様の香りをもつ2-phenylethyl alcoholが挙げられる。

バター由来の香気

 クロワッサンを一口かじると、贅沢感を感じるほどのバターリッチで濃厚な風味、香りが口いっぱいに広がる。それほどクロワッサンにとって、バターなどの油脂由来の香気は、重要なおいしさの要素である。クロワッサンに使用するバターは非発酵バターと発酵バターがある。非発酵バターは、日本でよく用いられるバターであり、乳中の乳脂肪を凝集させて固めたもので、クセがなくあっさりとした風味を有する。一方、発酵バターは、主にヨーロッパで製造されており、製造過程で乳酸菌による発酵を行うため、さまざまな呈味成分や香気成分が生成され、それが独特な風味をもたらしている。その中には発酵生地由来と共通する香気成分もある。
 近年では、発酵バターを使用し、特徴的な風味を出した製品が製菓・製パン分野で多く出されている。バター由来で共通する香気成分として代表的なものは、甘くクリーミーな香りのδ-decalactoneやδ-dodecalactoneなどが挙げられる。発酵バター特有の香気成分としては、酢様の香りのacetic acidやヨーグルト様の香りのacetoinなどがある。

焼成由来の香気

 おいしそうな焼き色をしているクロワッサンを見るとつい手を伸ばしてしまうほど、色合い、クラストカラーは重要なおいしさの要素である。そのクラストカラーはメイラード(アミノ-カルボニル)反応カラメル化反応の二つの反応により生成されるが、この反応は、色合いのほかに、おいしさにとっても重要な香りをつくり出している。
 焼成由来の香気としては、メイラード反応による香ばしい香りをもつものが多いピラジンを代表とする含窒素化合物などがある。カラメル化反応では、綿菓子様の甘い香りのmaltolや、カラメル様の甘く香ばしい香りのする2,5-dimethyl-4-hydroxy-3(2H)-furanoneなどが挙げられる(図6)。

 このように、発酵、バター、焼成由来により生じた香りが、時間の経過とともにクロワッサンのクラム、クラスト中に分散し、あの何ともいえない複合的な香り、おいしさをつくり出しているのである。

[参考資料 1), 3), 5-7), 9)]

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クラストカラー
パンの皮部(クラスト)の焼き色のこと。

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メイラード(アミノ-カルボニル)反応
アミノ酸と還元糖(反応性の高い還元基をもつ糖類)が高温(約160℃)で加熱されることによって起こる反応。焼き色や香気成分の生成に寄与する。

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カラメル化反応
糖(単糖類やショ糖など)が高温(約180℃)で加熱されることによって起こる反応。焼き色や香気成分の生成に寄与する。

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クロワッサンが届ける「幸福感」

 「クロワッサン」をテーマに、特に人々を引きつける「食感」と「香り」について見てきた。クロワッサンはパンのような発酵工程によりしっとりとした食感や発酵由来の風味がある。また、パイのように油脂を折り込むことで、バターなどの油脂由来の芳醇な香りと味わいがつくられる。そして、焼成により形や美しい層のある見た目、サクサク、ホロホロとした食感、甘香ばしい香りが生み出されており、これらが相まって、人々を魅了すると考えられる。今や日本中どこに行っても当たり前のように食べられるようになり、日本人にとってもなじみ深い存在のクロワッサン。皆さんも、これを機に、自分の好みのクロワッサンを見つけてみてはいかがだろうか。
 新型コロナウイルスの蔓延から3年がたった今、少しずつ、かつての日常を取り戻しつつあるが、まだまだ閉塞感やストレスを感じることが多くある。そんなときに、クロワッサンを片手に、その食感と香り、おいしさを感じて、心安らぐひとときに「幸福感」を感じてみてはどうだろう。

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参考資料

  • 1)吉野精一.パンの科学-しあわせな香りと食感の秘密.講談社,2018.
  • 2)ウィリアム・ルーベル,堤理華訳.パンの歴史.原書房,2013.
  • 3)レイモン・カルベル,安部薫訳.パンの風味-伝承と再発見.パンニュース社,1992.
  • 4)志賀勝栄.パンの世界-基本から最前線まで.講談社,2014.
  • 5)竹谷光司.新しい製パン基礎知識.再改訂版.パンニュース社,2019.
  • 6)辻製菓専門学校監修,梶原慶春,木村万紀子.科学でわかるパンの「なぜ?」-Q&Aで理解するパンづくりのコツと技術.柴田書店,2022.
  • 7)吉野精一.パン「こつ」の科学-パン作りの疑問に答える.柴田書店,1993.
  • 8)井上好文.食品知識ミニブックスシリーズ パン入門.日本食糧新聞社,2010.
  • 9)河田昌子.新版お菓子「こつ」の科学-お菓子作りの「なぜ?」に答える.柴田書店,2012.
  • 10)パン生地の事典-人気ブーランジェによる100種類の生地とパンへの展開.旭屋出版,2013.
  • 11)辻製菓専門学校監修,中山弘典,木村万紀子.科学でわかるお菓子の「なぜ?」-基本の生地と材料のQ&A231.柴田書店,2009.
  • 12)旭屋出版書籍編集部編.クロワッサンの技術.旭屋出版,2008.

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