HASEGAWA LETTER 2023 年( No.41 )/ 2023.11
OUR 技術レポート
健やかな素肌を保つ革新的スキンケア ~多価アルコール法を用いたサイズ制御リポソームの調製~
当社開発のリポソーム技術における調製プロセスの検証により、界面活性剤などの副原料や乳化機を用いることなく粒径の制御が可能であることを見いだした。リポソームの魅力の一つである肌に塗布した際のなじみの良さなどの使用感について、粒径の違いがどのように影響するか、検討を行った。
リポソームによるスキンケアに注目
コロナ禍でのマスク着用による肌荒れや、おうち時間の増加によって、私たちは自らの素肌とより向き合うようになった。アフターコロナの日常生活を模索する中でも、素肌をもっと健やかに保ちたいという願いがなくなることはないだろう。
さまざまな肌悩みを解消すべく、新しい技術や美容成分が開発されてはいるものの、肌に合わない場合や、不適切な使い方によって、かえって肌トラブルを招いているケースもある。さまざまな肌悩みの根本には炎症反応が関わっている場合も多く、炎症を抑えていくのはすべてのスキンケアの基本ともいえる。
私たちは敏感肌と向き合う中で、リポソームによるアプローチに注目した。研究を続けた結果、革新的なリポソーム調製用素材としてのプレリポソーム製剤NANOLYS®()を開発した。NANOLYS®の研究開発を通じて、リポソームの有効性の一端を見いだしてきている。
リポソームはなぜスキンケアに有用なのか
リポソームは、リン脂質などの生体関連脂質からなる粒径数10 nm~数100 nmの、水系に分散する細胞膜様カプセルである。脂質分子同士が親水基を外側に向け、疎水基を内側に向き合わせて配列したラメラ(脂質二重膜)構造を有する(図1)。この脂質膜は疎水性(親油性)のため油溶性成分を、脂質膜に囲まれた水(内水相)には水溶性成分をともに内包できるという特徴がある1)。(香りの用語解説「リポソーム」参照)
化粧品分野においてリポソームは、美容成分の内包、浸透促進、徐放といった機能性をもち、リポソームそのものが有する高い保湿性、肌バリア機能の補強効果、特徴的な塗布感触といった使用上の数々の利点を有することから、長年にわたり研究対象とされている2)。多くのユーザーの心を離さない魅力的な使用感といえば、例えば、肌に塗布した際のなじみの良さ、肌に吸い込まれていくような浸透感、滑らかなベールに包まれたかのような被膜感、べたつきを残さず「しっとり」と「さらさら」を両立した使用後の感触などが挙げられるだろう。これらの使用感は、リポソームおよび内包した美容成分の浸透性や、持続的な保湿性から得られている。
われわれの研究において、NANOLYS®によるリポソームは、敏感肌に必要とされるセラミドや美容成分を含まなくても、皮膚のバリア機能改善および抗炎症作用を有するという驚くべき効果を確認している3)。一方で、リポソームがどのように肌と相互作用しているのか、また有効性発現との関連など不明な点は多い。それらの謎を解き明かしていくための最初の足掛かりとして、リポソームの粒径によって使用感が変化する可能性に着目し研究を始めた。
リポソームの粒径を調整する方法を探る
リポソームの粒径による使用感の違いを検討するためには、どのような点に留意してリポソームの粒径制御を行うべきだろうか。従来、化粧品分野におけるリポソームの調製法では、非常に強力な乳化機である高圧乳化機などの機械的剪断力による方法が工業的に汎用されている4)。
例えば、水性媒体(水、水と混和する多価アルコール)を分散媒として、そこにリポソームを形成する脂質や必要に応じて補助界面活性剤を混合し、乳化機の力を借りて分散させる。その際に、ホモミキサーのような一般的な乳化機だけでは、リポソームとして十分微細に分散させることが難しい。そこで、リポソームの調製においては、このようなホモミキサーを1次分散として用いてμm(1 μm は1000分の1 mm)サイズまで分散させた後に、さらに高圧乳化機などによる2次分散を行うことで、nm(1 nmは100万分の1 mm)サイズへと微細化を図っている(図2)。
この手法において100 nm未満のサイズまで粒径制御するためには、補助界面活性剤の併用を必要とし5)、それによる使用感への影響が懸念される。そのため、リポソーム粒径と使用感の関係性を検討するにあたり、感触に影響を与える補助界面活性剤などは用いず、同一組成のままで粒径を制御していくのがよいと考えた。
そこでわれわれは、NANOLYS®の開発を通じて得られた知見を基に多価アルコール法6)の調製プロセスを検証することにより、同一組成での粒径制御リポソームの調製を試みた。この研究の目的は、多価アルコール法によるリポソーム粒径の調整、およびリポソーム粒径と使用感の関係性を見いだすことによって、化粧品の商品設計に応じた粒径調整の可能性を広げていくことである。
多価アルコール法によるリポソームの調製と形成確認
リン脂質として水素添加大豆リン脂質を用い、多価アルコール法によりリポソーム分散液を調製した(図3)。
次に、リポソーム分散液を10倍希釈して、低温透過型電子顕微鏡(cryo-TEM)で観察したところ、100 nm未満の粒径を主体とするシングルラメラベシクル構造のリポソームの形成を確認した(図4)。リポソーム分散液を10倍希釈した上でもなお、これだけの密度で粒子が観察できるのは、膜が単層であるシングルラメラベシクル構造ならではといえるだろう。さらに動的光散乱法(DLS)による粒度分布測定においては、平均粒径63 nmとなり、cryo-TEM観察像とも高い相関性を示した(図5)。
分散時の濃度に着目した粒径調整
われわれは以前に濃度の異なるリポソーム水溶液での構造解析を行っている7)。例えば、水に分散させる際に、多価アルコール法で調製したリポソーム分散液の濃度を基準(1倍)としたものに対し、より高濃度(4倍)で分散させたリポソーム分散液では、常温まで冷却した際に外観が白濁化した乳液状となり、光を透過しなくなった(図6)。
この高濃度リポソーム分散液を基準濃度と同濃度となるよう希釈したところ、同一組成でありながら、粒径のみ異なるリポソーム分散液が得られた(図7)。
さらに詳細な検討を行うべく、各種倍率(2倍、3倍、3.5倍、4倍、4.5倍、5倍)での高濃度分散を経由したのち基準濃度まで希釈することで、いずれも同一組成のリポソーム分散液を調製した(図8)。
これらの分散液は、最終濃度が同じであるにもかかわらず外観上からも透明感の差がわかるが、濁りが強くなってくると、分散性が良好なままで粒径が大きくなっているのか、分散に問題が生じて濁りが生じているかの判別が難しい。そこで、これら分散液について粒度分布測定を行ったところ、4.5倍までの高濃度分散経由において、単分散を維持した粒径制御を確認した(図9)。
粒度分布測定の結果から、多価アルコール法における分散時の脂質濃度を調整し、その後希釈するというシンプルな工程だけで、同一組成でありながら粒径が大きくなってもシャープな粒度分布を維持しながら単分散のまま粒径制御できる可能性が示された。興味深い点として、通常の化粧品製造時に考えられるリポソーム濃度(1倍~2倍まで)において粒径はほとんど変化がなく、意図的に高濃度(3倍超)での分散を経由する場合にのみ粒径調整を行えることが挙げられるだろう。この特性を生かすことで、表皮の角質層の届けたい部位に合わせて粒径を調整したダブルリポソーム(例えば、角質層の深部に届けたい美肌成分は小さいリポソームに内包させ、角質層の表層付近に残したい美肌成分は大きいリポソームに内包させることで、異なる役割をもつリポソームを一つの化粧品中に共存させたもの)を配合するなど、従来であれば非常に手間のかかる高度な化粧品も簡単に調製できるようになると期待できる。
粒径による粘度測定と使用感評価
粒径の違いによって使用感が変わるのかを検討することにした。粒径制御して調製した各種粒径(おおよそ60 nm~300 nmの範囲)のリポソーム水溶液について音叉振動式粘度計を用いて粘度を測定した(図10)。音叉振動式粘度計は、非常に低粘度の液体の粘度測定に適しており、例えば、水(20℃)の粘度が1mPa・sであるのに対し、0.3 mPa・sからの測定が可能である。
リポソーム粒径と粘度の関係について、粒径と粘度の間に正の相関があることを確認できた(図11)。粘度の違いが塗布感触などの使用上の特性に関与する可能性がうかがえた。
粘度測定結果から粒径と粘度の関係性が明らかとなったので、次に、実際の使用感について検証を行うことにした。試験同意を得た社内評価者15名にて、粒径の異なる2種類のリポソーム分散液(青:平均粒径63 nm、粘度1.25 mPa・s、赤:平均粒径261 nm、粘度1.50 mPa・s)での使用感を評価した(図12)。評価項目は、塗布時の肌へのなじみの「浸透感」、塗布後の肌の使用感として、べたつきのなさの「さらさら」「しっとり」「ハリ」「被膜」の5項目である。評価結果では、粒径の小さい方が、「浸透感」と「さらさら」について、有意差はないものの違いが見られた。
使用感の評価結果から、粒径の大小による、塗布時、塗布後の使用感において違いが確認できた。このような差が生じた理由として、次のような仮説を考えている。
粒径が大きいと、リポソーム粒子が浸透しにくいことから、肌表面のリン脂質残存量が多くなり、粒径が小さいとリポソーム粒子が浸透しやすいことから、肌表面のリン脂質残存量が少なくなる。そのため、粒径が小さい方が浸透感が高く、さらさらとした使用感として感じられ、粒径が大きいと反対にリン脂質のもっちりとした後残りを強く感じるのではないかと考えられる(図13)。
近年の研究で、リポソームを適用した皮膚において、角層内に浸透したリポソームは細胞間脂質のラメラ構造を増加させ、皮膚表面に残ったリポソームは閉塞性の高いラメラ構造を形成して水分蒸散を防ぐことで、皮膚の内外両面からバリア機能を高めているとの報告がある8)。今回の検討に照らし合わせれば粒径の大小で皮膚内外のどちら側によりラメラ構造を形成させているかを、使用感の差として捉えている可能性もあると考える。このような多価アルコール法による粒径制御は、ユーザーが求める使用感や、角層の上部から深部といった作用部位に着目した商品コンセプトと結びつけた浸透感設計においてさまざまな活用が期待できる。
健やかな素肌と幸せな日々を届けるために
多価アルコール法により、剪断力や補助界面活性剤を用いず、水に自発分散する平均粒径 100 nm未満のリポソームを調製できることを確認した。また、分散時の濃度を調整し、その後希釈するというシンプルな工程によって、同一組成で単分散のまま粒径制御できることが示された。さらに粒径によって粘度が変化することから、塗布感触の違いなど、使用上の特性が変化している可能性がうかがえた。同一組成においてリポソームの粒径を制御できることで、化粧品のコンセプトや商品形態に応じた最適な処方設計に大きく貢献できると考えている。
朝起きてから夜寝るまで、素肌が健やかであれば穏やかで幸せな一日が過ごせる。また、毎日のケアで自分の好みの使用感で肌を慈しむ時間が、肌だけでなく心をも満たしてくれる。従来のリポソーム化粧品を超える多様な利点をもつNANOLYS®は、スキンケア、ボディケア、ヘアケアといった幅広い化粧品に応用可能である。NANOLYS®の開発を通じて、健やかな肌をかなえるリポソーム化粧品が広まり、より多くの方に幸せな日々を届けられるよう、研究を続けて貢献していきたい。
参考文献・資料
- 1)菊池寛.リポソームの機能と医薬への応用.膜.日本膜学会,2009, vol. 34, no. 6, p. 328-335.
- 2)内藤昇.リポソームの化粧品への応用.膜.日本膜学会,2006, vol. 31, no. 4, p. 221-223.
- 3)https://www.t-hasegawa.co.jp/nanolys/about#05
- 4)高木和行.エマルション製造のスケールアップ技術.日本化粧品技術者会誌.1996, vol. 30, no. 1, p. 36-46.
- 5)特開2007-291035
- 6)特開昭60-7932
- 7)三園ほか.第73回コロイドおよび界面化学討論会 要旨集.2022, 1B15.
- 8)黒木純子.リポソーム製剤が有する角層バリア補助効果について.Fragrance Journal. 2022, vol. 50, no. 5, p. 10-15.
- 越知 貴夫 おち たかお
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長谷川香料(株)総合研究所技術研究所
入社以来フレーバー研究所、総合研究所研究管理部、フレグランス研究所を経て、2023年4月より技術研究所に所属。研究管理部所属の頃から、一貫してリポソーム関連の開発に携わる。
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