HASEGAWA LETTER 2023 年( No.41 )/ 2023.09

THトピックス

敏感肌で悩む人に届け“幸せ” 〜革新的なリポソーム調製用素材NANOLYS®の開発の軌跡〜

長谷川香料株式会社総合研究所 越知貴夫

長谷川香料の技術から開発されたこれまでにない新しい化粧品素材・プレリポソーム製剤。高圧乳化機のような大掛かりな製造設備を必要とせず、加熱溶解だけのシンプルな工程で、水と混ぜるだけでリポソームが自発的にナノメートルレベルの粒子サイズで分散する素材です。私たちはこの素材をNANOLYS®(と名付け、製品化しました。敏感肌への最適なアプローチを求めたNANOLYS®が開発されるまでの軌跡をご紹介します。

自分に合ったスキンケアを求めて‥‥リポソームとの出会い

私は小さい頃から肌が弱く、いつも肌が荒れていて「痛み」がある状態が当たり前の人生でした。長谷川香料への入社を控えたある日、私の顔がボロボロであまりにもひどいので「会社に行くなら何か塗った方がいいよ」と、姉から言われたのです。姉のひと言を機に、少しでもその状態を改善しようとさまざまな化粧品を試しましたが、ベタつく、ヒリヒリするなど、なかなか心地いいものはありませんでした。
そしてたどり着いたのが、リポソームが配合された化粧品です。ようやく「肌が落ち着く!」ということを実感できました。しかし、リポソームは極めて難易度の高い技術で製造されることから、化粧品でも高価格帯のものにしか使われていません。社会人になったとはいえ若かった私が購入し続けるのは難しかったのです。そこで私が取り組み始めたのが手づくり化粧水でした。それは15年以上も前のことです。

手づくりリポソーム化粧水への挑戦

当時は、手づくり化粧品が流行っており、さまざまな原料が通販サイトで売られていました。それらを組み合わせて自分の肌に合う化粧水をつくれないかと考えたのです。ほんの興味本位で始めてみたのが手づくり化粧水のきっかけでした。
通販サイトで素材を買い込んでは、週末に自宅でさまざまな組み合わせを楽しみ、チャレンジしていましたが、だんだんと「自分好みの使用感のリポソーム化粧水をつくりたい!」と考えるようになりました。リポソームの原料となる「水添レシチン」「コレステロール」などを入手してからは、趣味の域だった化粧水づくりが「沼」とでも呼ぶべきマニアックな深みへとはまっていったのです。
扱うのはいずれも水に溶けない原料。出来合いの素材を混ぜるだけの今までの手づくり化粧水とは訳が違います。
リポソームの原料を溶かすためには加熱が必須ということで、鍋にお湯を張り、通販で買ったビーカー、スパチュラ、わずか数千円の0.01 gスケールと0.001 gスケールのはかりを頼りに、早朝から始めて、遅いときは夜11時頃まで化粧水づくりに没頭するようになりました。
そもそもリポソームを調製するには高圧乳化機の使用が定説。はたして、特殊設備もない自宅でつくることができるのかもわからない中でのスタートでした。
原料同士の相性、組み合わせ、水に分散させたときの挙動などを見つめ続けます。乳化技術に関する知識も独学で、乳化機を扱った経験もないため、高価な装置には手を出せません。ひたすら試作を繰り返しては観察し続けるしかすべはありませんでした。

手づくり化粧水がもたらした驚きの肌の変化

毎週末の試作と検討、そして自身の敏感肌での検証を延々と続ける生活を送った結果、NANOLYS®の原型となるリポソームの素(プレリポソーム)と、それを用いたリポソーム化粧水というアイデアとその実現への道が見えてきました。実際には、まだまだ不完全でNANOLYS®の完成形にはほど遠いものであることが後からわかるのですが、少なくとも自分好みの使用感のリポソームらしき手製の化粧水はつくれるようになったのです。できあがった化粧水を使ううちに、肌が改善していきました。乳液やクリームも必要なくなり、夏でも冬でも手づくり化粧水と日焼け止めだけで心地よく過ごせるようになりました。
あるとき会社で仕事をしていると、自分の顔から何かが「ポロっと」落ちました。拾い上げた小さな粒は「角栓」でした。鏡で見てみると、角栓が取れたとおぼしき箇所が確かにすっぽりと穴が空いています。その日からというもの、日々角栓が取れていき、毛穴は小さく、肌もツルツルと滑らかになっていきました。

肌の悩みを抱えるすべての人のために‥‥NANOLYS®の開発

第一子の誕生をきっかけに、自宅での検討継続が困難であると感じ、化粧水づくりの休止を考えたとき「自分の肌はもう十分に改善することができた。でも今のままでは自分独りが満足しているだけ。この技術を私のように肌の悩みを抱えている方に役立てられるのではないか」という想いが生まれてきました。
個人的な趣味がそんな大それた夢へと生まれ変わると、いよいよ会社への提案へと歩みを進めることになります。
会社に業務としてリポソームの研究をさせてほしいと申し出ると、さまざまな反応がありました。しかし単に「信じられない」「怪しい」と切り捨てられるのではなく、前に進むための意見とサポートをあらゆる部門の多くの人たちからもらうことができたのです。私個人では到底かなわない外部機関での電子顕微鏡観察へも道を開いてもらえたことで、リポソームの構造確認に至ることができました。確かにリポソームであるということがわかり、会社の了承を得て2017年から本格的に業務として取り組むことになりました。
事業として開発するということは、今までのような「自分が満足できればよい」という開発スタンスは通用しません。さまざまな角度からの検証がなされ、何度も壁にぶつかります。特に、「実際には製造が困難である」ということがわかったときは途方に暮れました。自分自身で使う程度の量の試作では、見えてこない問題が隠れていたということです。原料、製法、すべてを見直し原因を探っていく中で、最終的には皆の力を結集させたさまざまなブレイクスルーを経験しました。そして2020年、当初私が考えていたものとはまったく異なるレベル、品質、性能、技術的根拠などさまざまな面で長谷川香料の技術が詰め込まれた「プレリポソーム製剤NANOLYS®」を完成させるに至ります。

人に優しい確かな技術で「幸せ」を届けたい

NANOLYS®はギリシャ語での「ナノソリューション」を表現しており、「世の中すべての敏感肌に革新的なナノソリューションをもたらしたい」という私たち長谷川香料の願いを込めて特許を取得し、商標登録しました。私がリポソーム化粧水で感じた「穏やかで安定した肌を維持できる幸せ」「肌の不快感を意識しないで毎日を過ごせる幸せ」をきちんと実感してもらえてこそ本物の技術。たった一人の肌の悩みから始まった「やってみたい!」という私の夢に力を貸してくれる一人ひとり、長谷川香料総合研究所をはじめ、本社管轄部門、生産製造部門の協力に感謝しながら、研究開発を進めていきたいと思っています。

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水添レシチン
大豆や卵黄などから得られる天然のレシチン(私たち生物の細胞膜の主要な構成成分)を酸化から守るために水素添加してつくられた成分で、乳白色の粉末状である。 主に化粧品において天然由来の乳化剤として利用され、油と水を均一に混ざりやすくする。リポソームの主成分でもある。

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コレステロール
主に羊毛から得られる天然の成分(レシチンと同様に私たち生物の細胞膜の構成成分の一つ)で化粧品用の原料としても身近な素材。水分を抱え込むことで保湿効果を発揮する。リポソームの成分としても使われる。

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角栓
毛穴から出た垢や皮脂が混ざり、毛穴をふさぐ栓のように固まりとなったもの。

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