HASEGAWA LETTER 2023 年( No.41 )/ 2023.01
OUR 技術レポート
心が喜ぶ香り
ラベンダーのリラックス効果
〜嗜好性を考慮した心理的リラックス効果の可視化〜
「毎日忙しく、気持ちが落ち着かない……」「在宅では仕事と生活の境界が曖昧になり、仕事に集中できない……」昨今のコロナ禍も相まって悩みやストレスが尽きることはない。そんなときは香りがもたらす何気ない幸せに頼ってみるのはどうだろう。
今回は、ラベンダー精油の香りの嗜好性に着目した場合のリラックス効果を検証した取り組みについて紹介する。
現代社会のストレスと香りのリラックス効果
「病は気から」。病気は気持ち次第で良くもなれば悪くもなるという意味のことわざであるが、昨今のコロナ禍で日々痛感している。近年の米国ハーバード公衆衛生大学院の研究によれば、長期間にわたって新型コロナウイルスに感染した人と感染しなかった人を比較したところ、新型コロナウイルスに感染する前に診断されていた、うつ病、不安症、心配、知覚されたストレス、孤独などの精神的苦痛は、新型コロナウイルス感染症の症状の長期化リスクを最大で46%増加させることに関連していたと報告されている。また、精神的苦痛の影響は、新型コロナウイルス感染症の危険因子として知られる肥満、喘息、糖尿病、高血圧などの身体的な健康リスク要因よりも、さらに深刻だとされている1)。
日本においては「第5回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査(内閣府)」によれば、2022年6月の地域別テレワーク実施率は東京都23区では50.6%、全国では30.6%となっており、テレワーク実施率は2021年以降も高く維持されている2)。在宅で過ごす時間が増加した昨今の社会環境において、ストレスにさらされた生活から気分の切り替えやリラックスが必要になっていると思われる。
香りは、気分や集中力の向上、いら立ちや不安な感情を和らげるといった目的で、古くから活用されてきた経緯があり、心理面からの解決策の一つになると考えられる。プライベート空間で「お香」を楽しむ人、大好物の香りで一日の疲れも忘れるという人、花束をもらったときの香りでうれしい気持ちになるなど、人はさまざまな香りで喜びや幸せを感じている。
特に、「ラベンダーの香りを嗅ぐと気持ちがリラックスする」といったイメージをおもちの方も多いのではないだろうか。しかしながら、たとえ同じ香りであったとしても、嗜好性の違いにより嗅いだときの印象を心地よく感じる人もいれば、不快に感じる人もいる。リラックス効果を追究するには、香りの嗜好性を考慮することが重要となる。そこでラベンダー精油のリラックス効果をより詳細にすることを目的に、ラベンダー精油の香りの嗜好性に着目した場合のリラックス効果を検証することにした。
香りのリラックス効果
そのメカニズムとは?
リラックス効果の作用機序は、大きく二つに分けられる。ラベンダー精油を例に説明する。
薬理作用
一つ目は、香気成分が肺や鼻から血管を介して直接脳内に作用する薬理作用である(図1)。ラベンダー精油には、鎮静作用や安眠作用、抗不安作用などの薬理作用があるとされている3-8)。これはラベンダー精油やその主成分であるリナロールや酢酸リナリルが肺や鼻の血管から吸収され、血中を通じて直接脳へ作用し、その結果、自律神経系や中枢神経系に影響を及ぼすことで起こる作用である。例えば、ラベンダー精油中のリナロールが脳内に取り込まれて鎮静作用が起こることなどが報告されている9, 10)。香気成分が血液脳関門を突破するまでには20分ほどかかるとされているため11)、数十分の時間スケールでリラックス効果が発現すると考えられる。
心理作用
もう一つは、情動をつかさどるとされる大脳辺縁系を介した、香りによる心理的な作用である(図2)。嗅覚受容体で受容された香りの情報は嗅神経により伝えられるが、嗅神経は嗅球を介して大脳辺縁系と連絡していることが知られており、薬理作用よりも早い時間スケールで香りの効果が発現すると考えられる。
薬理作用は、香気成分そのものが直接作用するため万人共通の作用といえるが、心理作用は、同じ香りであったとしても、香りに対する嗜好性の違いにより心地よく感じる人もいれば、不快に感じる人もおり、万人が同様にリラックスできるかどうかは定かではない。香りの快・不快やその香りがもたらす心理作用を客観的に捉えるためには、どのような方法があるかを検討した結果、自律神経活動の状態を評価できる鼻の皮膚温度に着目した。
鼻の皮膚温度でわかる!快・不快:香りと自律神経活動の関係
鼻の皮膚温度は、快適・不快などの自律神経活動による血流量の増減に伴って、顕著に変化する(図3)。不快状態時は交感神経優位で血流量が減少し、鼻部皮膚温度が下降する。快状態時は副交感神経優位で血流量が増加し、鼻部皮膚温度が上昇することが知られている12)。
当社では、このような生体反応の仕組みに着目し、香り提示によってこの生体反応がどのように変化するのかについて検証してきた。サーモグラフィを用いた鼻部皮膚温度計測による疑似尿臭マスキング効果の検証を行ったところ、疑似尿臭のみを嗅いだときには鼻部皮膚温度が低下するが、そこに不快なにおいを目立たなくする香料素材を添加すると温度低下が抑えられ、香りに対する不快度も軽減されることがわかった13)。(詳細は長谷川香料ホームページ「香料のマスキング効果を評価する手法を開発~鼻部皮膚温度と表情~」参照 )
このような生体反応を応用して、ラベンダー精油の香りによる心理的リラックス効果が可視化できないか検討を行った。また、ラベンダー精油の香りの嗜好性が高くても低くても心理的リラックス効果があるのか併せて確認することにした。
ラベンダー精油の心理的リラックス効果の可視化:鼻部皮膚温度計測
鼻部皮膚温度計測を応用して、ラベンダー精油の香りによる心理的リラックス効果の可視化を検証するため実験を行い、また嗜好性の影響についても確認した。
実験方法
ラベンダー精油の香りが好きな8名と嫌いな8名に、①何も入っていない無臭の瓶(コントロール)と②ラベンダー精油の入った瓶のそれぞれの瓶口を5分間嗅ぎ続けてもらい、嗅いでいるときの鼻部皮膚温度をサーモグラフィで測定した。各測定終了直後、実験中の心理状態に変化が起きたかどうかを調べるために、「リラックス度」についてT-VAS(Time series Visual Analog Scale)法14)による主観評価を実施した(図4)。
実験結果
実験開始時の鼻部皮膚温度をベースラインとし、各時間における温度変化⊿T(℃)を算出したところ、ラベンダー精油の香りが好きな群は①無臭(コントロール)より②ラベンダー精油の方で有意に温度上昇幅が大きくなることがわかった。
また、「リラックス度」T-VASの結果を解析したところ、①無臭(コントロール)より②ラベンダー精油の方で有意にリラックス度が高いことがわかり、鼻部皮膚温度の結果と相関関係が見られた。
一方、ラベンダー精油の香りが嫌いな群では、好きな群の結果とまったく対照的な結果が得られた。この結果から、ラベンダー精油の香りによる心理的リラックス効果を鼻部皮膚温度測定で評価できることが示され、少なくともラベンダーの香りを嗅いでいる際に心理的リラックスを得るには、ラベンダー精油の香りを好きであることが前提条件と判明した(図5a,b)。
香りのイメージを可視化するAroma Rainbow®を用いた色表現
鼻部皮膚温度計測の研究に加え、イメージを色で表現できる当社独自の開発ツールであるAroma Rainbow®15,16)を用いて、ラベンダー精油の香りと心理の関係をさらに検証した(図6)。Aroma Rainbow®とは、感情、香りなどのさまざまなイメージに合致する色を色票より選択し、選択された色の比率に応じて色パターンを作成する表現手法である。
実験方法
鼻部皮膚温度計測の実験協力者(ラベンダー精油の香りが好きな8名、嫌いな8名)に、測定後「リラックス度」主観評価と一緒に、ラベンダー精油の香りのイメージに合う色を選んでもらい、香りが好きな人と嫌いな人でその表現に違いが生じるかを確認した。
この結果を解析したところ、ラベンダー精油の香りが好きな人は明度の高い薄い紫を、ラベンダーの香りが嫌いな人は明度の低い濃い紫を選ぶ傾向にあることがわかった(図7)。
ラベンダー精油の香りを嗅いでいる際に心理的リラックス効果を得るためには、その香りを好きであることが必要だと判明した。また、ラベンダーの香りが好きな群と嫌いな群に分け、精油の香りに対するAroma Rainbow®の結果を確認すると、香りが好きな群では、明るい色が選択される傾向があった。本結果は、嗜好性が高い香りのイメージに合う色を選んでもらう場合には、明るい色が選択されるという、これまでの報告結果ともよく一致した16)。
香りのトータルデザインを目指した当社技術
当社は、香りだけでなく、パッケージの配色などとの合致を考慮しながら、トータルデザインとして消費者の嗜好を捉えた商品設計を行う必要があると考えている。香りと色がミスマッチする場合には、精神的ストレスを誘発する一方で、香りと色がマッチする場合には、心理的効果を高め、安心感がもたらされるため、一般に香りと色の良い組み合わせが好まれる17)。このような事実を踏まえると、香りとパッケージの色に統一感をもたせた商品が消費者に受け入れられるだろう。
当社の評価技術、および調香技術は、製品を購入する際の指標となる製品パッケージから、実際の製品の香りを嗅ぐ、使用中、使用後にリラックスするまでのトータルデザインへの客観的な指標として利用でき、消費者が「また購入したい」と思えるような、真に満足するモノづくりに貢献できると考える(図8)。
香りがもたらす「ちょっとした幸せ」を届けたい
「皆さんの好きな香りはどのような香りですか。」
何かと不満やストレスがたまるコロナ禍で、気持ちを落ち着けたいとき、気持ちを切り替えたいときなどに、香りがもたらすちょっとした幸せに頼ってみるのはどうだろうか。今後もわれわれは、香りを心理的・生理的の両面から総合的に捉え、香りの「チカラ」を見える化し、よりよい香り・製品づくりに少しでも貢献していきたい。
参考文献
- 1) Wang, S.; Quan, L.; Chavarro, J. E.; Slopen, N.; Kubzansky, L. D.; Koenen, K. C.; Roberts, A. L. et al. Associations of depression, anxiety, worry, perceived stress, and loneliness prior to infection with risk of post-COVID-19 conditions. JAMA Psychiatry. 2022, vol. 79, no. 11, p. 1081-1091.
- 2) 内閣府.第5回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査(令和4年7月22日).2022.
https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/covid/pdf/result5_covid.pdf - 3) Uzuncakmak, T.; Alkaya, S. A. Effect of aromatherapy on coping with premenstrual syndrome: A randomized controlled trial. Complement. Ther. Med. 2018, vol. 36, p. 63-67.
- 4) Hirokawa, K.; Nishimoto, T.; Taniguchi, T. Effects of lavender aroma on sleep quality in healthy Japanese students. Percept. Mot. Skills. 2012, vol. 114, no. 1, p. 111-122.
- 5) Setzer, W. N. Essential oils and anxiolytic aromatherapy. Nat. Prod. Commun. 2009, vol. 4, no. 9, p. 1305-1316.
- 6) Tomi, K.; Fushiki, T.; Murakami, H.; Matsumura, Y.; Hayashi, T.; Yazawa, S. Relationships between lavender aroma component and aromachology effect. Acta Hortic. 2011, vol. 925, p. 299-306.
- 7) Diego, M. A.; Jones, N. A.; Field, T.; Hernandez-Reif, M.; Schanberg, S.; Kuhn, C.; Galamaga, M.; McAdam, V.; Galamaga, R. Aromatherapy positively affects mood, EEG patterns of alertness and math computations. Int. J. Neurosci. 1998, vol. 96, p. 217-224.
- 8) Sayorwan, W.; Siripornpanich, V.; Piriyapunyaporn, T.; Hongratanaworakit, T.; Kotchabhakdi, N.; Ruangrungsi, N. The effects of lavender oil inhalation on emotional states, autonomic nervous system, and brain electrical activity. J. Med. Assoc. Thai. 2012, vol. 95, no. 4, p. 598-606.
- 9) Aoshima, H.; Hamamoto, K. Potentiation of GABAA receptors expressed in Xenopus oocytes by perfume and phytoncid. Biosci. Biotechnol. Biochem. 1999, vol. 63, no. 4, p. 743-748.
- 10) Elisabetsky, E.; Marschner, J.; Souza, D. O. Effects of linalool on glutamatergic system in the rat cerebral cortex. Neurochem. Res. 1995, vol. 20, no. 4, p. 461-465.
- 11) Herz, R. S. Aromatherapy facts and fictions: a scientific analysis of olfactory effects on mood, physiology and behavior. Int. J. Neurosci. 2009, vol. 119, no. 2, p. 263-290.
- 12) Zenju, H.; Nozawa, A.; Tanaka, H.; Ide, H. Estimation of unpleasant and pleasant states by nasal thermogram. IEEJ Trans. EIS. 2004, vol. 124, no. 1, p. 213-214.
- 13) 山下貴仙,藤田怜.疑似不快臭マスキング効果の「見える化」.第21回日本感性工学会大会予稿集.2019, 12P-19.
- 14) 隈元美貴子.ストレスの評価法に関する研究:鼻部皮膚温度と心理状態.山陽論叢.2009, vol. 16, p. 39-48.
- 15) 野尻健介,中村明朗,中村哲也,斉藤司.香り表現における色の活用~イメージの可視化手法Aroma Rainbow®の提案~.第19回日本感性工学会大会予稿集.2017, P32.
- 16) 野尻健介,中村充志,藤木文乃,中村明朗,中村哲也,斉藤司.色彩を用いた香り表現の検討~香りイメージの共有ツール【Aroma Rainbow®】の活用~.日本官能評価学会2017年大会.2017, P23.
- 17) Saito, M.; Okui, M.; Kubota, M.; Yamada, M.; Sawada, K.; Komaki, R. Interrelation of fragrance and colour. Proc. 22nd IFSCC Cong. 2002, p. 1-17.
- 四宮 功貴 しのみや こうき
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長谷川香料(株)総合研究所技術研究所
入社以来、生理応答計測や官能評価に携わり、香りの価値の「見える化」研究に従事。化粧品成分上級スペシャリスト。
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