HASEGAWA LETTER 2022 年( No.40 )/ 2022.09

OUR 技術レポート

ジャスミンの香りの
多様性と可能性 ~ジャスミン3種の香気分析~

長谷川香料(株)総合研究所 山際浩輝

「ジャスミンの香り」と聞けば、多くの人がそれをイメージできるほど有名であるが、「ジャスミンの生花の香り」の魅力や「品種による香りの多様性」を知っている人がどれほどいるだろうか。
品種によって異なるジャスミン生花の香りの魅力を、香料という形にして多くの人に届けたい。そんな思いからジャスミン3種の香気分析を行った。

  • 2022 年( No.40 )
  • OUR 技術レポート

世界で愛されるジャスミンの香り

 ジャスミンの香りは、ローズ、ミューゲ(スズラン)と並び、香りの世界では三大フローラルノート(香調)の一つに数えられており、香料業界ではローズとともに最も好まれ頻繁に使用される香料素材として知られている。ジャスミンは、モクセイ科ソケイ属の植物で、香料素材として用いられるのは、ソケイ(Jasminum grandiflorum)とマツリカ(Jasminum sambac)の2種類がある。どちらもインド周辺が原産地とされており、ジャスミンの花はインドでは古くから儀式に欠かせないものとして活用されてきた1)。またジャスミンの花言葉には「優美」「愛らしさ」「官能的」といったものがあり、インドでは髪飾りとしても使われ、恋人からジャスミンの花を贈られると、それを髪の毛と一緒に編み込んで変わらない愛を約束するという風習もあるそうだ。
 ひと言で「ジャスミン」といっても、多くの品種があることが知られている。日常的に香料素材を扱う私たちにとって「ジャスミン」といえば、ジャスミンアブソリュートの主な原料となる“ソケイ”をイメージする。ジャスミンアブソリュートとは、ジャスミンの花をヘキサンや石油エーテルで抽出して得られたワックス状の「コンクリート」と呼ばれるものから、ワックス成分を取り除くためにエタノールで再抽出したもので、香水などのフレグランスの原料として使用される。
 香料素材としての利用以外に代表的な品種といえば、ジャスミン茶の香りづけの目的で使用される“マツリカ”が有名である。観賞用として人気が高いのが、日本でも民家の軒先でよく見かける“ハゴロモジャスミン”(Jasminum polyanthum)である(図1)。

閉じる

もっと読む

香料植物ジャスミンの歴史

 香料植物としてのジャスミンの歴史は、17世紀頃フランス南部地方に導入されたソケイを、接ぎ木により耐寒性を与えて栽培可能としたときに始まったと考えられている5)。その後1860年頃から大規模に植栽されるようになり、1949年には800 tの花を収穫するほどになった。しかし、開花期間、花の収穫量、労働力の問題から、より暖かく人件費の安い地方での栽培も検討され、フランスでの大規模植栽と並行して、19世紀末にアルジェリアにも導入が始まり、1920年以降はエジプトやモロッコに栽培地が移り、さらに労働人口の多いインドでの栽培が本格化している。
 現在、香料植物の栽培と天然香料の産地として知られるフランス南部のグラースは、ジャスミンの栽培により世界的な香料生産地となったといわれている。その理由として、ジャスミンアブソリュートが天然香料としてなくてはならないもので、香水をはじめさまざまなフレグランス製品に使用されてきたからである。現在でも、グラースで生産されるジャスミンアブソリュートが最も高品質であるといわれている。ジャスミン栽培が、グラースの経済と密接な関係をもっていることは、この地方で毎年8月に「ジャスミン祭り」が開催されることからもうかがえる。
 グラースで生まれた世界で最も有名な香水の一つが、シャネルN°5である。今ではグラースで栽培されるジャスミンのほとんどが、この香水用となっているといわれる。最近、N°5の原料となるジャスミンの花を確保するため、シャネル(CHANEL)がフランス南部のジャスミン畑を買い増したことも話題となった。
 しかしながら、ジャスミンアブソリュートを得るためには大量のジャスミンの花が消費される。1 kgのアブソリュートを得るためには600万個の花が必要といわれている。ジャスミンを効果的かつ大量に使用した香水として有名なのが、ジャン パトゥ(JEAN PATOU)のJOYである。この香水1オンス(約30 mL)の瓶には、ジャスミンの花が1万個以上使用されているそうだ6)。天然原料を保護しつつジャスミンの香りをさまざまなフレグランス製品に応用するためには、合成香料を用いてジャスミンの花の香りを再現することが求められている。

閉じる

ジャスミンの花の複雑で繊細な
香りとその多様性

 ジャスミンの花の優美で魅力的な香りを再現する際に使用される香料化合物としては、ジャスミンアブソリュートより同定された、「ジャスミン様の香り」と表現されることも多いmethyl jasmonateや(Z)-jasmone、クリーミーな香調のjasmin lactoneなどが知られている。またフローラル、フルーティ系の香調に幅広く使われるbenzyl acetateや、化合物単体では糞便臭として知られるindoleなども、ジャスミンの香りに使用される香料化合物としてよく知られている。調香師はこれらの化合物を組み合わせ、足りない要素をほかの香料化合物で補い、化合物間のバランス調整を行いながらイメージするジャスミンの香りを創り上げていく。しかし熟練の調香師であっても、自らの鼻だけを頼りに複雑な成分組成を把握し、精巧に再現されたジャスミン香料を創り上げるのは至難の業である。そこで、再現したいジャスミンの花の香りを構成する成分とそのバランスを、機器分析により詳細に調べることが必要になり、そのためにはまず分析対象の選定が重要になる。
 香料素材として用いられるジャスミンアブソリュートの香りは、ジャスミンの濃厚で力強い香りを表現できるが、実際に咲いているジャスミンの花の香りとはかなり異なる。ジャスミンの花は夜に開花し、朝方の花が最も香りが調和しているといわれ、朝摘みの花からは良質なアブソリュートが得られるといわれている。変わりやすく繊細な香りであるので、ベストなタイミングで摘み取った花の香りも、加工処理の過程で生花の香りとは異なってしまうことも多い。
 私たちは、生のジャスミンの花がもつフレッシュな香りに魅力を感じ、その香りの素晴らしさを多くの人に届けたいと考え、咲いている花の香りを再現した香料を開発するため、実際に咲いているジャスミンの花から漂う香りを詳細に分析した。
 ジャスミンの香りは、見た目はもちろん、品種によってかなり異なっていることが知られ、その香りの多様性に興味をもった。そこで、分析対象として、ソケイ、マツリカ、ハゴロモジャスミンに注目し、品種による香りにどのような特徴があるのかを官能的に評価し、その特徴的な香りに寄与する香気成分を詳細な香気分析により解明し、それぞれの個性的な香りの魅力に迫ろうと考えた。その分析結果をもとに、ソケイだけでなく、マツリカ、ハゴロモジャスミンの再現香料を作成することができれば、より幅広い嗜好性やニーズに対応した製品開発が可能となる。

閉じる

香気分析
―3種のジャスミンの香りに迫る

●香気評価

 香気分析に先立ち、実際の花の香りをヒトの嗅覚により官能的に評価した。
 ソケイの香りは、なめらかなクリーミーノートとパウダリーノートが感じられるホワイトフローラル調の香り(白い花を想起させる香り)に、爽やかなフレッシュフローラル調の香りが合わさった優美な香りであった。
 マツリカの香りは、ホワイトフローラル調のベースでありながら、ソケイよりも爽やかでグリーンなフレッシュフローラル調の香りや、オレンジフラワー様の香りが特徴的に感じられる心地よい香りであった。
 一方ハゴロモジャスミンの香りは、ソケイの香りに似ているが、フレッシュフローラル調の香りが控えめで、濃厚な甘さとパウダリーノートが前面に出た、むせ返るように強いホワイトフローラル調の香りが特徴であった。

●香気捕集

 香気成分分析に向けて、香気捕集を行った。
 先述したとおり、アブソリュートの原料となるソケイの花は最も香気良好な朝方に摘み取りが行われることから、ソケイの花について実際に時間ごとの香気評価を行った。前日夜に開花した花の朝の香りが最もフレッシュなフローラルノートが感じられ、正午すぎまでは良好な香気が保たれていたが、その後夕方にかけて徐々にフレッシュさが失われていく様子が感じられた。そこで、ソケイおよびマツリカについては、捕集前日の夜に咲きそうな花の蕾に印をつけておき、翌朝までに咲いた花について、朝から正午すぎまでの良好な香気が保たれる時間内で香気捕集を行った。ハゴロモジャスミンに関しては、花序(かじょ)と呼ばれる小さな花が群集して咲く形状であり、香気が長く持続されるため、官能的に香気良好な花序を選んで捕集した。
 捕集方法は、花にサンプリングバッグをかぶせ、バッグ内部のヘッドスペース香気をポンプで吸引し、香気捕集用の吸着剤に香気を捕集した(図2)。捕集後、吸着剤に有機溶媒を通液して香気を脱着し、常圧蒸留により溶媒を留去することで香気濃縮物を調製した。

●香気成分分析

 調製した香気濃縮物について、GC-MS(Gas Chromatography-Mass Spectrometry)測定を行い香りを構成する香気成分を同定した。測定により得られたガスクロマトグラムを見ると、3種に共通してbenzyl acetateが多く検出された(図3)。
 香りは、揮発性が高く最初に感じる香り立ちである「トップノート」、においの中心部分である「ミドルノート」、香りの基礎である残り香「ラストノート」に分けられ、そしてガスクロマトグラム上ではおおよそ、保持時間が短い左側がトップノート、中心付近がミドルノート、保持時間の長い右側がラストノートということになる。ソケイは、トップ~ラストまで香気成分が分散されて検出されており、マツリカは、トップ~ミドルにかけての割合が大きく、ハゴロモジャスミンは、ミドル~ラストにかけての割合が大きいという特徴が見られた。

●香気寄与成分の分析

 続けてAEDA(Aroma Extract Dilution Analysis)法による香気寄与成分の分析を行った。AEDA法とは、得られた香気濃縮物を有機溶媒を用い任意の倍率(例えば、4倍、16倍、64倍……)で段階的に希釈してGCにおい嗅ぎ分析を行うことにより、各成分の香気が検知できる最高希釈倍率(FD値)を求め、その値が大きいほど香気寄与度が高いとする分析手法である。3種それぞれの花で、香気寄与度の高い上位10成分をまとめた(図4)。

●香気評価・香気分析結果から考察したジャスミン3種の香気特徴

 まず、3種に共通して香気寄与度が高かったbenzyl acetateとindoleであるが、これらの成分は3種に共通して感じられた「ホワイトフローラル調の香り」に寄与する化合物であり、品種を問わずジャスミンの香気を形成する重要な香気成分であると考えられた。Indoleは、化合物単体や濃度が濃い状態では「アニマリック」や「糞便臭」と表現されるにおいがするが、適切な濃度でその他の成分と合わさることで、ホワイトフローラル調の香りを表現することができる。その他の特徴成分から各品種の香気特徴について考察した結果を以下にまとめる。

ソケイの香り

 ソケイの香りは、benzyl acetateとindoleのホワイトフローラル調の香りを土台に、linaloolやmethyl jasmonateがシトラスを思わせるようなフレッシュフローラルノートを与え、eugenolや(E)-isoeugenolなどのパウダリーなスパイシーノート、jasmin lactoneのクリーミーノートなどが香気に寄与していた。

マツリカの香り

 マツリカの香りは、ソケイよりもグリーンでフレッシュな香気とオレンジフラワー様の香気が特徴であるが、これはフレッシュフローラル調であるlinaloolのFD値が最も高いことや、(Z)-3-hexenyl acetateのグリーンノート、methyl anthranilateのオレンジフラワー様香気などが大きく寄与しているためと考えられた。

ハゴロモジャスミンの香り

 ハゴロモジャスミンの香りはソケイの香りに似ていながらも、より濃厚でパウダリーな甘さが特徴であるが、これにはeugenol、(E)-isoeugenol、4-methylguaiacol、4-propylguaiacolなどパウダリー・スパイシーな香気寄与成分が多いことや、vanillinの濃厚な甘さなどが寄与していると考えられた。また、最大のFD値であったのはアニマリックな香調のp-cresolであった。

 3種のジャスミンの香気分析の結果、生花の官能評価と、AEDA法による分析の結果はよく一致しており、品種によって異なるジャスミンの多様な香気特徴を把握することができた。

閉じる

ジャスミンの多様な香りで
社会に貢献する

 今回私たちは、実際に咲いているジャスミンの花から漂う複雑で繊細な香りの魅力を解明するため、詳細な香気分析を行い、香りに寄与する香気成分を把握することができた。また、ひと言で「ジャスミンの香り」といっても、品種によってそれぞれ個性的な香気を有しており、その香気差を生み出す化合物についても知ることができた。
 人々が「ジャスミンの香り」に対してもつイメージや求める香りはさまざまであり、そのニーズに対応することが香料会社の使命であると考える。例えば、ソケイの香りは優美で気品のある妖艶さを感じられる香りであり、シャンプーやボディミストなどを通じて香りを身にまとうことでエレガントな自分を演出することができそうだ。また仕事や人間関係で心身ともに疲れているときは、爽やかなグリーンノートとフレッシュフローラルノートが特徴であるマツリカの香りの芳香剤や入浴剤などで気分をリラックスさせることができるだろう。ハゴロモジャスミンの濃厚な甘さとパウダリーノートが前面に出たインパクトのある香りは、ミドル~ラストノートが主体で構成されていることもあり、柔軟剤などの残香性が求められる製品と相性が良さそうだ。今回の研究では多様な「ジャスミンの香り」の謎を解明することができ、その結果を香料開発につなげることで、ジャスミンの香りがもつ可能性を広げることができたと考える。
 世界的な気候変動も手伝い、ジャスミン栽培地で花の生産量・品質は今後大きく影響を受けることが予想される。香りを安定して供給するには、天然原料だけに頼るのではなく、香料を活用することが重要になってくる。そのためにも、多様化する消費者の嗜好・ニーズに沿った商品開発につながる研究を粛々と継続していきたい。同時に環境保全、天然原料の保護や環境への配慮、品質と安全性の担保など、企業として持続可能な社会への貢献に励んでいきたい。

閉じる

参考文献・資料

  • 1)
    フレディ・ゴズラン,グザビエ・フェルナンデス.前田久仁子訳.調香師が語る香料植物の図鑑.原書房,2013.
  • 2)
    世界有用植物事典.平凡社,1989.
  • 3)
    園芸植物大事典.小学館,1994.
  • 4)
    植物の世界.朝日新聞社,1997.
  • 5)
    日本香料協会編.香りの百科.朝倉書店,1989.
  • 6)
    香りの百科事典.丸善,2005.

閉じる

記事中の画像、図表を含む情報の無断転載・無断使用を禁じます

見出しのみを表示する

他の記事を読む