HASEGAWA LETTER 2020 年( No.39 )/ 2020.08
[ 技術研究レポート ]
乳化香料の香味発現を
見える化する
~香味発現の自由なコントロールを目指して~
私たちの生活に彩りを添える役割を担っている「香料」。香りは身近な存在であるにもかかわらず、目に見えないため、言葉で表現するのは非常に難しい。
そこで、官能評価手法や分析機器装置QCMを用いて、乳化香料の「香味発現の見える化」にチャレンジした。
清涼飲料水市場
日常生活のあらゆる場面で飲まれている清涼飲料水。皆さんはどのような清涼飲料水を好んで飲んでいるだろうか? 清涼飲料水といっても、含まれる品目は多種多様である。食品衛生法において、清涼飲料水は「乳酸菌飲料、乳及び乳製品を除くアルコール分1%未満の飲料」と定義されており、水や炭酸飲料、コーヒー飲料、茶系飲料、果実飲料、スポーツ飲料、乳性飲料などが含まれる。例えば、スポーツをして汗をかいたときには冷たいスポーツ飲料を飲み、疲れてホッと一息したいときには温かいコーヒーやお茶を飲む。気候や、そのときの気分や状況によって選択する飲料は変わってくるのではないだろうか。
国内の清涼飲料水市場は、飲料メーカー各社の企業努力もあり、2015年には2,047万kLであった生産量が2018年には2,274.6万kLに伸びている(図1)1)。それに伴い、1人当たりの消費量も年々増加しており、2018年では年間で約180Lの消費となった(図2)1)。
清涼飲料水品目別生産量推移を見てみると、2018年では炭酸飲料の生産量が最も多く、それにミネラルウォーターやコーヒー飲料、緑茶飲料が続いている(図3)1)。
清涼飲料水と香料
香料は、人々においしさや良い香りといった付加価値を提供し、私たちの生活のあらゆる場面に彩りを添える役割を担っている。香料には「強化(着香)」「補香(賦香)」「風味矯正(マスキング)」と大きく3つの役割があり2)、清涼飲料水における香料の役割も同様である。例えば、濃縮還元果汁を使用する果汁飲料では、濃縮工程において香気が飛んで弱くなるため、香料による補香が必要となってくる。また、ビタミン類やアミノ酸など、配合原料に好ましくないにおいがある場合に、香料を使用してマスキングすることがある2)。
清涼飲料水向け香料の種類
- 香料は、天然香料、合成香料から成り立っており、またそれらを混合したものを調合香料と呼んでいる。これら香料の大部分は、油溶性で水に溶けづらい物質のため、清涼飲料水など水系の製品にそのまま使用すると「水と油の関係」に表されるように相分離を引き起こし、結果として油浮きや沈殿が生じる。
それを防止するためには、油溶性の香料物質を水溶性に形態を変化させる必要があり、その代表的なものに水溶性香料(エッセンス)と乳化香料がある。水溶性香料は香料物質を含水アルコールやプロピレングリコールで抽出・溶解した香料である。一方、乳化香料は乳化剤や安定剤を用いて、香料物質そのものを水中に細かく分散させた香料である。 - ●水溶性香料と乳化香料の香味発現の違い
- 水溶性香料と乳化香料は、同じ水溶性であるが香味発現性が大きく異なる。水溶性香料をスポーツドリンクや炭酸飲料などの清涼飲料水に使用した場合、軽い香り立ちのある華やかな香りを付与することが可能であり、一方、乳化香料を賦香すると、力強いボディ感、呈味感を中盤~後半に付与することが可能となる。
- ●乳化香料の特徴
- 乳化香料を飲料に添加した場合、飲料中において平均粒子径0. 1~1μm程度の微粒子となって分散するため、光を屈折・反射・散乱し、「濁り」を供する。そのため、乳化香料は濁りを意味する「クラウディ(cloudy)」と呼ばれることもある。
この「濁り」はスポーツドリンクのような飲料においては、果汁感・果実感・ミネラル感のような見た目のイメージを付与することが可能であり、乳化香料の重要な特徴の一つとなっている。
一方、水溶性香料は濁ることはなく透明に、前述のように軽い香り立ちのある華やかな香りを付与可能であるが、力強さやボディ感が欠ける傾向がある。そのような場合、ボディ感を補強するために乳化香料の併用が有効であるが、通常の乳化香料では最終製品が濁るため、水にビタミンやカルシウムなどの栄養素や果汁を加えたニアウォーターのような透明飲料には使用できない。
このような透明飲料に対しては、乳化粒子を0.1μm以下まで微細化し透明な分散を可能とした乳化香料「HASECLEAR®(ハセクリア®)」を開発している(図4)。糖類を使用した透明飲料はもちろんのこと、香味に厚みを付与しづらい高甘味度甘味料を使用した無糖透明飲料であっても、HASECLEAR®はボディ感や呈味感を付与することが可能となる。
また、乳化香料の乳化技術を応用し、油溶性色素(β-カロテン、パプリカ、マリーゴールドなど)を乳化し製品を着色することも可能である。この場合も透明、着濁どちらのタイプも調製することが可能である(図5)。
清涼飲料水の容器別生産量推移(国内)を見るとPETボトル飲料の生産量が大きく伸びている(図6)1)。近年、「インスタ映え」という言葉に代表されるように見栄えに特徴がある製品が多く開発されている。PETボトルの大半は無色透明であり、製品コンセプトに合わせた外観を付与できる乳化香料・乳化色素の重要度はさらに上がっていくと考えられる。
香味発現の「見える化」に向けて
- あなたの使用しているシャンプーはどのような香りだろうか?商品において、香料は非常に重要な役割を担っているにもかかわらず、目に見えないため、言葉で表現することは難しい。食品の香りに関しても同じである。そこで、言葉以外の表現手段も用いて香りを表現することで、製品開発に貢献できるのではないかと考え、乳化香料の香味発現の「見える化」の検討を開始した。
- ●香味発現のイメージ
- 香味発現の見える化に向けて、水溶性香料、HASECLEAR®、クラウディを用いて調製した清涼飲料水の香味発現のイメージを図式化した。水溶性香料は口に含んだ瞬間の立ちがよくキレもよい。乳化香料は口に含んだ瞬間の香味発現は水溶性香料よりも遅れるが、中盤~後半に強く香味発現し持続性がある(図7)。
この香味発現性の違いを可視化するため、官能評価手法を用いた香味発現の「見える化」、機器分析装置QCMを用いた香味発現の「見える化」を検討した。
- ●試料の調製
- 各検討には、同一のレモン精油から調製した水溶性香料と乳化香料を用いた。水溶性香料はレモン精油を含水アルコール抽出して調製した。乳化香料は、乳化粒子の粒径が小さく透明に分散するHASECLEAR®と、乳化粒子が大きく濁りを付与するクラウディの2種類の試料を調製した。
- ●官能評価
- 官能評価手法を用いた香味発現性の「見える化」では、各試料を簡易飲料基剤に同力価で賦香し、TI法(Time Intensity法:時間強度曲線法)により行った。TI法とは、ある一つの強度を経時的に評価する方法である。評価は、乳化香料開発に携わり風味評価の訓練を受けた8名で行い、おのおののデータを平均化した。
水溶性香料の香味は最も早く香味が発現し、乳化香料はそれより遅れて香味が感じられるという結果になった。また、乳化香料の2試料でも差が観測され、乳化粒子が小さいHASECLEAR®よりも、乳化粒子が大きいクラウディの方がより遅れて香味が発現し、さらに長時間持続することが示された(図8)。すなわち図7に示したイメージ図に近い結果が官能評価でも確認できたといえる。
- ●なぜ?からの仮説
- 乳化香料の香味発現はなぜ遅れるのだろうか?乳化香料を用いて調製した賦香飲料を飲むと、飲み込んだ後も舌などの口腔内に何かが張りついたような感覚になる。一方、水溶性香料の賦香飲料を飲んでも、そのような感覚にはならない。このことから「乳化香料が口腔内の細胞膜に一時的に吸着することにより、乳化香料中の香気成分が嗅覚受容体に到達するのが遅れ、結果として水溶性香料よりも香味の発現が遅れ持続性が出るのではないか?」という仮説を立て検証を行った。
- ●大学時代の研究
- 検証する方法を考えていたときに、大学時代に在籍していた研究室にて、モデル細胞膜とペプチドとの相互作用を測定していたことを思い出し、同じ研究室出身の先輩社員とともに現在その研究室を引き継いでいる横浜国立大学の川村出准教授に、その方法が利用できないか相談に伺った。
川村准教授からは、「やってみないとわからないからTRYしてみようよ!」というお言葉をいただき、装置を使用させていただけることとなった。その装置がQCMである。
QCMを用いた見える化への挑戦
- ●QCM法の原理とは?
- QCMとはQuartz Crystal Microbalance(水晶振動子マイクロバランス)の略称で、ナノグラムオーダーの微小な質量変化が測定できる方法である。この原理について簡単に説明する。
水晶を結晶方向に沿って薄く切り出した水晶板の両側に金属電極を取りつけ、微小の交流電流を流すと、ある一定の周波数で振動する水晶振動子となる。これは逆圧電効果と呼ばれる現象で、1880年代にフランスの科学者ピエール・キュリー(キュリー夫人の夫)と兄ジャックが発見した現象である。この水晶振動子は非常に安定した周波数が得られることから、自動車、携帯電話、時計など多くの商品に使用されている。
この水晶振動子の周波数変化量が、金属電極上の物質の質量に比例していることが1950年代に報告されている3)。この周波数変化量と付着物質の質量との関係は、Sauerbrey式と呼ばれる式で表される(図9)。これを利用し、水晶振動子の周波数変化量を測定し、その金属電極上の付着物質の質量変化を算出する方法を水晶振動子マイクロバランス法(QCM法)と呼ぶ(図10)。
- ●液相での測定
- 当初、QCMは、気相系において、金属電極上に固定化した物質に気体中のターゲット物質がどれくらい吸着するかを測定する目的で使用されていたが、1980年代に技術が進歩したことで、液相系においても同様な測定が可能となり、化学、生化学、微生物学といったさまざまな分野においてQCMが利用されるようになった。
- ●食品分野での利用
- QCM法を食品分野で用いた代表的な研究の例に、サッポロビール株式会社が大学や装置メーカーと共同開発したビールのコクやキレが測定可能なQCMシステム「コク・キレセンサー」がある4)。これは、QCMセンサーにモデル細胞膜を固定化し、希釈したビールを流してモデル細胞膜へ吸着する現象を「コク」、その後に水を流してモデル細胞膜から離れる現象を「キレ」と定義し、周波数の変化を測定する方法である。酒類の官能評価では、多数のサンプルを正確に同時評価するのは酔いの問題から難しいが、この方法を用いることで客観的に酒類のコクやキレを可視化できるようになった。サッポロビール株式会社ではこの評価方法を用いて、コクやキレに関与するビール成分の探索を行い、製品の開発に活用している。
口腔内の再現
今回、口腔内を再現するため、QCMセンサーの金属電極上にモデル細胞膜としてリン脂質二重膜を固定化し、人工唾液を充塡する実験系を構築した。力価が同じになるように希釈した各試料を人工唾液中に注入し、周波数変化の測定を行った(図11)5)。注入した各試料が金属電極に固定化されたモデル細胞膜と相互作用をすると水晶板が重くなるために振動しにくくなり、周波数が減少する。「周波数の変化量」は、「モデル細胞膜への吸着量」に比例するため、周波数の変化が大きいほどモデル細胞膜への各香料の吸着量が多いということになる。
- ●測定結果
- 各試料を1μL注入し、平衡状態となったら再度注入した。これを繰り返した結果を示す(図12)。
水溶性香料を注入しても周波数の変化は小さく、水溶性香料とモデル細胞膜との相互作用は非常に弱いことがわかった。一方、乳化香料はHASECLEAR®、クラウディともに、注入ごとに一定数の周波数の減少が観測され、モデル細胞膜と強く相互作用をしていることがわかった。また、クラウディは、HASECLEAR®よりも周波数の減少が大きく、吸着量が多いことがわかった6)。
- ●官能評価結果との比較
- QCMの測定結果とTI法での官能評価結果から考察すると、水溶性香料は口腔内の細胞膜との相互作用が弱いため香味の発現が早く、乳化香料は口腔内の細胞膜との相互作用が強いため香気物質が嗅覚受容体に到達するのが遅れ、その結果、中盤~後半に強く香味発現することが示唆され、われわれの仮説が肯定されたものと考えられる。
乳化香料の可能性を信じて
乳化香料の研究開発に日々取り組む中で感じていた「乳化香料を賦香した飲料を飲むと口の中に張りつく気がする」という感覚を、QCMによって「見える化」することができた。また、同時に水溶性香料と乳化香料の香味発現が異なる理由についても解明することができた。この技術を応用することで、自由に香料の香味発現をコントロールできるのではないかと考えている。食品・飲料メーカーの思い描く香味イメージに沿った香料を開発し、提供することで、新たな製品開発に今まで以上に貢献できると考えている。
水溶性香料と乳化香料にはそれぞれ素晴らしい特徴がある。市場への流通量としては圧倒的に水溶性香料の方が多いが、乳化香料には、まだまだ知られていない秘められたポテンシャル・機能性があると信じている。今後も香料の形態化技術・評価技術を研究し、おいしい食品・飲料の開発に貢献していきたい。
◎ HASECLEARは、長谷川香料株式会社の登録商標です。
参考文献
- 1)一般社団法人全国清涼飲料連合会.2019 年版 清涼飲料水関係統計資料.2019.
- 2)日本香料工業会.“フレーバーとは”. http://www.jffma-jp.org/flavor,(参照2020-04-30).
- 3)株式会社アルバック.“発振法(QCM)”.
- 4)金田弘挙.コク・キレセンサーの開発.日本バーチャルリアリティ学会誌.2013, vol. 18, no. 2, p. 22-26.
- 5)Sakai, T.; Seki, H.; Yoshida, S.; Hori, H.; Suzuki, H.; Nakamura, T.;
Kawamura, I. Interaction of clear flavor
emulsions containing lemon essential oils with lipid bilayers via a Quartz Crystal
Microbalance. Food Sci. Tech. Res.
2019, vol. 25, no. 6, p. 879-884.(FSTR Award 受賞) - 6)日本清涼飲料研究会 第27 回研究発表会講演集.一般社団法人全国清涼飲料連合会,2018.
- 7)長谷川香料株式会社.QCM を用いた香料調製物の評価方法.特開 2019-032228.
- 酒井 貴博 さかい たかひろ
-
長谷川香料㈱総合研究所技術研究所
入社以来、乳化香料および粉末香料の研究に携わる。フレーバーだけでなくフレグランス向けの素材も開発する香料の形態化のスペシャリスト。
見出しのみを表示する