HASEGAWA LETTER 2025 年( No.43 )/ 2025.05

OUR 技術レポート

代替タンパク源としての
昆虫利用 ~サステナブルなおいしさを求めて~

長谷川香料(株)総合研究所 藤本 寛

地球環境の変化と、世界的な人口増加により、人間や動物が必要とするタンパク質の需給バランスが崩れてくるという予測がある。今の食生活を守るためにも、摂取タンパク質の一部を、牛や豚、鶏以外のものに置き換えていかなければならない。そこに昆虫という選択肢がある。日本ではまだまだ未知数の昆虫食について、昆虫をおいしく食べるために、またはおいしい飼料とするために、香料の力を応用できないか?と考えコオロギパウダーの特性を把握するための研究を行った。その詳細について紹介する。

  • 2025 年( No.43 )
  • OUR 技術レポート

SDGsと代替タンパク質の必要性

 人口の増加とSDGsへの世界的な取り組みもあり、代替タンパク質の必要性は高まってきている。日本においては国内人口が減少傾向にあり、少子高齢化、生産人口の減少が問題となっているが、世界的には人口は増加の一途をたどっている。総務省統計局の報告によると、2005年の世界人口は約66億人だったものの、2025年には約82億人に達し、2050年には約97億人と100億人に達する勢いで増加するといわれている。人口の増加が目立っているのは主に途上国ではあるが、近年の経済成長とともにその途上国での一人当たりの畜肉によるタンパク質摂取量の増加も著しいものとなっている。現状の未来予測では2025年~2030年の間にはタンパク質の需要と供給のバランスが崩れ始め、2050年には人間に十分なタンパク質が行き届かない状況、プロテインクライシスに陥るといわれる(図1)。

 そのような問題の解決策として、プラントベースフード(PBF)などの代替肉製品の開発や、培養肉分野の取り組みなどが挙げられる。PBFも年々おいしくなっていると感じる状況ではあるが、畜肉代替にはまだまだ障壁があることも確かである。ただPBFは畜肉代替としてではなく、それ自体が嗜好食として認知されてきていることもあり、今後も注目されていくことが期待される。日本では伝統的に豆腐などが当たり前のように食されているPBFの一つであり、現在では海外においてもTOFUの名で親しまれるようになってきている。大豆たん白に代表される代替肉については、HASEGAWA LETTER online No.40「SDGs資源枯渇を防ぐ新たな香料の役割」を参照いただきたい。

 培養肉に関しても世界中で研究が進められ、国によってはすでに認可されているところもあり、一般的になりつつある状況ではあるが、通常食として摂取されるにはまだ高価であることが懸念点となっている。価格も含めて安定調達が可能な培養液で、肉を培養することができれば、食料の持続可能性も高まり、プロテインクライシス解決の大きな力となるためその発展にも期待したい。

[参考資料 1-5), 9)]

閉じる

プロテインクライシス
人口増加と食生活の変化により動物性タンパク質の需要の急増に対して、現在の畜産状況では持続可能な供給が困難になる問題のこと。

閉じる

閉じる

プラントベースフード(PBF)
植物由来の原材料を使用した食品のことを指す。大豆や小麦などから「肉」「卵」「ミルク」「バター」「チーズ」などの代替となる加工食品が製造・販売され、畜産物や水産物に似せてつくられている。

閉じる

閉じる

もっと読む

代替タンパク質としての昆虫(コオロギ)のメリット

 PBFや培養肉と同様に注目されている代替タンパク源に昆虫がある。

 昆虫と聞いて食べるものという認識はないかもしれないが、日本でも地域によっては、イナゴや蜂の子が佃煮で食べられており、古くから親しまれているタンパク源摂取の方法の一つである。東南アジアでは、現在でも当たり前の食材として利用され、世界で食べられている昆虫は1900種類以上といわれている。また、地球環境のことを考えると昆虫利用に関してはメリットが大きい。

 畜肉としての牛、豚、鶏を飼育するためにかかる環境への影響を見てみると、今まで何の疑いもなく育てられ、われわれが消費しているこれらのタンパク質だが、飼育のために必要な水、餌、土地のことを考えると1 kgの肉を育てるのにかかるエネルギーはとても大きく、環境への影響の大きさが懸念されるところである。しかし摂取するタンパク源を昆虫、コオロギに変えることができれば、環境への影響をかなり圧縮することができる。コオロギ由来でタンパク質1 kgを増やすのに必要な水の量は4 Lであり、牛肉で補うのに比べて5000分の1の量で済ますことができる。同様に餌も6分の1程度に抑えられ、飼育面積も約17分の1と効率の良さが見て取れる(図2)。また、地球温暖化には牛のゲップの影響も大きいといわれている。牛や豚の飼育に比べ、コオロギ飼育では飼育1 kg当たりの温室効果ガス排出量は100分の1から2000分の1ともいわれる。牛や豚の飼育がなくなることは考えにくいが、人間のタンパク需要に対応するためにさらに牛や豚の飼育を増やしていくという考え方は地球環境を考えると難しいかもしれない。

 環境への影響を重視する時代となり、昆虫、コオロギに注目がいくというのは疑いのないところかと思う。事実、近年では日本でも大手食品会社からコオロギを原料とした加工食品がさまざま発売され、皆さんも目にされたのではないだろうか。

 昆虫加工食品の流通の背景には多くのベンチャー企業の参入があるが、地球規模での昆虫食の推進があるのではないだろうか? 特に日本で食用として飼育されているものとしてミールワーム、バッタ、蚕などさまざまなものがあるが、コオロギはその飼育のしやすさ、可食部の多さ、雑食という食性などアドバンテージとなる部分が多く期待を集めている。

[参考資料 1-5)]

閉じる

ミールワーム
飼育動物の生餌とするために飼育・増殖されているゴミムシダマシ科の甲虫の幼虫の総称。爬虫類、鳥類、魚類の餌として利用。近年では人間の食料源として注目されている。

閉じる

閉じる

コオロギパウダーの食材としての可能性を探る

 当社は昆虫食へのフレーバーでの貢献を考え、コオロギパウダーの官能評価と香気分析を行った。その解析方法と結果、そして新たな知見を紹介する。

コオロギパウダーの官能評価

 評価試料は品種や産地の異なる5種類のコオロギパウダー(いずれも乾燥させ加熱殺菌後粉末化したもの)を入手し、評価は粉末の試料をそのまま食し記述分析法(Descriptive analysis)で実施した(図3)。コオロギパウダーAとBは同じ品種であり、いずれも生産地は日本であるが、異なる飼育環境下で養殖されたものであることを区別するため、日本①、日本②と記載した。サンプルを選定した後、各種コオロギパウダーの特徴差を可視化するため、5名の当社専門評価者が食べて感じられた風味特徴を記述し、その中からコオロギパウダーの風味特徴をよく表す19の評価用語を決定した。

コオロギパウダー:官能評価と主成分分析の結果

 まず、官能評価より得られた結果をレーダーチャート(図4)にまとめた。コオロギパウダーA(フタホシ、日本①)は米の風味特徴が強く、B(フタホシ、日本②)、D(ヨーロッパイエ、日本)はともにアーシー、ロースト、焦げ、カカオ、アニマリックという風味特徴の強さが目立ち、苦味、えぐ味もほかに比べ強いという結果となっている。さらにB(フタホシ、日本②)では生臭さ、酸化臭がより強く感じられていた。C(フタホシ、タイ)はエビの殻、魚粉、イカといった風味が強く、うま味、塩味が目立つ結果となった。E(ヨーロッパイエ、タイ)ではきな粉様の特徴が強い結果となった。

 次に、主成分分析により得られた結果を風味マップにまとめたところ、5種のコオロギパウダーの風味は大きく3つに分類された(図5)。コオロギパウダーB(フタホシ、日本②)、D(ヨーロッパイエ、日本)は、レーダーチャートでも類似のプロファイルを示していたが、アーシー、カカオ、焦げといった特徴がほかに比べ目立った結果となった。C(フタホシ、タイ)、E(ヨーロッパイエ、タイ)も類似した特徴となっているが、いずれもきな粉の特徴が強いという結果であった。A(フタホシ、日本①)はレーダーチャートで見られた特徴と同様に、米が風味特徴であることが示された。種の違いによる分類がなされるかと予想していたが、実際にはそうはならず、大きくは産地別の分類結果となった。これらの結果から、種による風味の類似性よりも、飼育、加工工程が風味に大きく影響を与えることが示唆された。

コオロギパウダーの香気分析

 官能評価に供した試料についてそれぞれ香気分析も実施した。5種類のコオロギパウダーを溶媒抽出後、SAFE(Solvent Assisted Flavor Evaporation)により香気濃縮物を調製し、GC-MS/FID分析にて香気成分分析を行った(図6)。

 5種類のコオロギパウダーより184成分を同定し、ピラジン、ピリジンなどを含む窒素化合物が数多く検出されることがわかった。そのほかにも酸類、アルデヒド類、アルコール類も多く検出されていた。コオロギパウダーから検出された2-ethyl-3,6-dimethylpyrazineなどの各種ピラジン類や3-methylbutanalなどのアルデヒド類は、チョコレートでも香気貢献度の高い成分として確認されており、コオロギパウダーとチョコレート菓子などと相性が良いことが想定される。実際に、市場商品では、チョコレート菓子やせんべいに多く利用されていた。

 また、得られた香気成分量を内部標準物質との面積比にて算出したところ、コオロギパウダー間で大きく違いがあった。コオロギパウダーB(フタホシ、日本②)、D(ヨーロッパイエ、日本)は香気量がほかに比べて多い傾向にあったが、対象サンプル5品では産地や種による関連性は見いだされなかった。官能基ごとの香気量を見ると酸類の含有量がとても高い結果となった。窒素化合物は香気量としては酸類、アルコール類に次ぐ結果ではあったが、香気閾値が低い成分も多く、風味への寄与が高いことが示唆される。また官能評価において特徴が弱いとされたコオロギパウダーA(フタホシ、日本①)、E(ヨーロッパイエ、タイ)はその香気量もほかに比べ少ないという結果が得られ、香気量と風味の強さの関連が示された。

香気分析結果の主成分分析

 香気成分分析の結果についても主成分分析を行った(図7)。その結果、官能評価結果同様の分類を示していることがわかった。コオロギパウダーB(フタホシ、日本②)、D(ヨーロッパイエ、日本)は香気量が多いという結果が得られていたが、寄与している香気成分が多いことが主成分分析の結果からも推察される。香気分析結果の統計解析を行うことで、含有量の多さがわかるだけでなく、試料に特徴的な成分も把握することが可能となる。また、香気分析結果からも官能評価結果同様、種ではなく産地によった分類がなされていることから、生産地、飼育条件、加工工程が風味に大きく影響しているとした仮説が支持された。

[参考資料 6-8), 10)]

閉じる

記述分析法(Descriptive analysis)
官能評価における記述分析法とは、訓練された評価者が、対象試料から感じる風味特徴を記述し、その風味特徴に関して試料間の違い、強度を評価する方法。

閉じる

閉じる

SAFE(Solvent Assisted Flavor Evaporation)
溶剤に溶かした試料を低温、高真空状態で気化して、揮発性成分(におい成分)を取り出す方法。天然物試料などに含まれる微量の香気成分を効率よく取り出すことができる。

閉じる

閉じる

GC-MS/FID分析
ガスクロマトグラフの検出器に質量分析計(MS)と水素炎イオン化検出器(FID)を並列で使用して分析を行うこと。ガスクロマトグラフ内で分離された化合物は質量分析計で成分を同定し、水素炎イオン化検出器で成分含量の比較を行う。

閉じる

閉じる

内部標準物質
クロマトグラフィーなどを行う際、量のわかった特定の物質(内部標準物質)を試料に加えて分析し、添加したその物質量から試料の中の物質の量を知るという方法をとる。

閉じる

閉じる

代替タンパク質としてのコオロギの未来

 個人的には、実際に「牛や豚、鶏の代わりにコオロギを食べよう」とはならないと考えている。ただ、新しいタンパク源としてコオロギというのも一つの選択肢としてあり得るのではないだろうか? 今回の実験で入手したコオロギパウダーを、主に小麦粉の代わりとしてパンやお好み焼きをつくる際に使用してみたところ、置き換える量によりその強弱はあったが、いずれも官能評価の結果と同様、エビやカニなど甲殻類の風味をもった料理ができあがった。しかし、いろいろと試してはみたものの「コオロギパウダーを使ったからおいしい」というものはできあがらなかった。現状ではその認知の低さやほかにタンパク質をとれる食材も十分にあり、コオロギパウダーは料理の材料としても高価なものである。しかし、コオロギパウダーが食材として当たり前のものとなり、さらに従来の材料よりも安価に手に入れられるようになれば、コオロギ食も現実味を帯びていくと考えられる。

 昆虫食が現状抱えている課題として、食物としてのおいしさや安全性、忌避感がいわれている。安全性に関しては、農林水産省が事務局を担うフードテック官民協議会における昆虫ビジネス研究開発ワーキングチーム内で、食品及び飼料としてのコオロギ生産が遵守すべき内容を検討した。その内容を昆虫ビジネス研究開発プラットフォームがとりまとめて、2022年にコオロギ生産ガイドラインを作成している。また、忌避感については、これから急に昆虫を食べようというのは難しいかもしれないが、東南アジアなどでは当たり前になっているように、少しずつでも教育していくことで慣れていく部分はあるのではないだろうか。直接人間が食べるわけではなく、牛や豚、鶏などの家畜の飼料から広めていくことでも安心につながると期待できる。魚の養殖にも魚粉が使われているが、魚粉を昆虫に置き換えるなどの試みもなされている。

閉じる

プロテインクライシスの解決に向けて 香料の力の可能性

 われわれが食べるにしても、飼料として提供するにしてもおいしさはとても大事な要因となってくる。今回の官能評価、香気分析結果から、コオロギの風味は飼育環境で変わるのではないかと予想された。コオロギを飼育する環境のにおいを良い香りに変えることで、環境からの移り香をおいしさに変えられる可能性がある。また、コオロギの餌の香りを工夫することで、コオロギ自体の香りを良好なものに変え、人間にも動物にとってもおいしいタンパク源とすることも可能ではないだろうか。食品としての昆虫利用を通して、香料の力をプロテインクライシスの解決策の一つとして役立てていきたい。

閉じる

参考資料

  • 1)国谷裕子監修.国谷裕子と考えるSDGsと食料危機4 「未来の食」から食料危機を考える.文溪堂,2023.
  • 2)井出留美監修.食品ロス 持続的な社会を考えよう 世界の食品ロスと取り組み.金の星社,2023.
  • 3)Edible insects: Future prospects for food and feed security. FAO Forestry Paper 171, 2013.
    https://www.fao.org/4/i3253e/i3253e.pdf
  • 4)ジャック・アタリ,林昌宏訳.食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか.プレジデント社,2020.
  • 5)総務省統計局.世界の統計2024.第2章 人口.

    https://www.stat.go.jp/data/sekai/pdf/2024al.pdf#page=15
  • 6)Seong, H-Y. et al. Characterization of odor-active compounds from Gryllus bimaculatus using gas chromatography-mass spectrometry-olfactometry. Foods. 2023, vol. 12, no. 12, 2328.
  • 7)Buttery, R. G. et al. Volatile flavor components of rice cakes. J. Agric. Food Chem. 1999, vol. 47, no. 10, p. 4353-4356.
  • 8)Schnermann, P.; Schieberle, P. Evaluation of key odorants in milk chocolate and cocoa mass by aroma extract dilution analyses. J. Agric. Food Chem. 1997, vol. 45, no. 3, p. 867-872.
  • 9)農林水産省.2050年における世界の食料需給見通し 令和元年9月.(参照 2025-04)
  • 10)藤本寛,大森雄一郎,田中尚子,藤木文乃.食用コオロギパウダーの風味特徴と香気成分の関係.日本官能評価学会2023年大会.

閉じる

記事中の画像、図表を含む情報の無断転載・無断使用を禁じます

見出しのみを表示する

他の記事を読む