生物がつくり出すにおい成分は、自然の中での生存や繁栄に大きな役割をもっており、人間社会をも豊かにしてくれています。香料産業は、麝香猫(ジャコウネコ)や抹香鯨(マッコウクジラ)など動物の分泌物やスパイス類などの植物の精油を利用することから発展してきました。生物が発するにおい、また生物が受け取るにおいは、無限の可能性を秘めています。2024年 HASEGAWA LETTER onlineでは、生物からの大いなる恵みについてフォーカスを当てます。

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社会の中の香り

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植物をめぐる話
~小石川植物園から見てきたこと~

東京大学大学院理学系研究科附属植物園育成部技術職員
山口 正

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<3分でわかる解説> 植物をめぐる話
 小石川植物園は、戦後の1960年頃からアジアの野生植物を中心に多様で希少な植物を収集し栽培を行ってきました。温室で行っている小笠原諸島の絶滅危惧植物の繁殖と栽培方法の研究もその一つになります。温度管理のできる室内環境を利用して熱帯や亜熱帯の野外では繁殖できない植物の栽培と研究を行っています。温室では、高温で湿潤な環境を好む植物や乾燥した砂漠のような環境も疑似的に作り出し特殊な環境に適応した植物を栽培することもできます。2019年に新設された公開温室には、冷温室が追加され涼しい環境を好む高山植物等の栽培もできるようになりました。植物園で勤めると特殊な環境を生きる植物の栽培を経験することになります。植物園に勤めて最初に担当したのは温室の植物になります。見たことも触れたこともない熱帯の奇妙な植物だらけで、園芸高校で学んだ知識などほとんど通用しませんでした。一から学ぶつもりで植物や温室施設の管理を学び、2年目からは、分類標本園の整備と管理作業で約600種の野生植物の栽培と管理を任されました。毎日生態のわからない植物を図書館で調べ、知識を得るために植物園協会の研修に参加して栽培技術を学び植物の繁殖地へ出かけて栽培方法を身に付けていきました。分類標本園は、大学の学生が植物研究の基本を身に付ける実習・実験施設なので、科学的な植物分類の検討が進むと時代ごとに分類方法が変化しそれに伴い分類標本園の植物の植栽位置も変化します。私の担当していた1980年頃にはエングラーの分類体系(形態的特徴を基に分類する方法)を利用していましたが、9年間担当した後期には、『日本植物誌』(大井次三郎著)の分類方法と当時の最新のDNA解析で明らかとなった分類方式を混用して展示していました。現在は、植物をDNA解析したAPG分類体系が主流となっており近年の植物図鑑ではこの配列が主流となっています。小石川植物園では、数年前からAPG分類に対応すべく植物ラベルの変更や分類標本園の植栽位置の変更に取り組んでいるところです。
 分類標本園整備が一段落ついた頃、樹木園係への異動が決まり植物園全体の樹木を管理する係になりました。最初に取り組んだのは、樹木園全体を掌握する作業で園内にどのような樹種がどこにあるのかを確認する作業でした。植物園には「植物導入リスト」と「植栽図」があったのでそれらを使い樹木の確認作業を行いましたが植栽図が目測で作られていたので測量誤差が大きく現物確認には至りませんでした。園内の植生状態を適切に掌握するために簡易測量を行い正確な植栽図を完成させました。その後、植栽図と栽培リストを基にパソコンで植栽場所を確認できる「東京大学理学部附属植物園 植栽分布記載システム」(1997年)を㈱システムハーツと共同で作成して、植物の栽培確認が誰でも容易にできるようにしました。
 1989(平成元)年には、東京大学理学部附属植物園植物園植栽検討委員会の答申を受けて植物園全体の植栽配置の見直しが始まり、「東アジアの野生植物の保全」「絶滅危惧種の繁殖のための研究」などのテーマに沿って植物園全体での植生改良が進められました。ここでは植物園での様々な経験の中で体験した物事や植物の香りにまつわる話題や植物を取り巻く環境の問題について話してみたいと考えております。

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OUR 技術レポート

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発酵がもたらす香り
~微生物がつくる味噌のかぐわしい香気~

長谷川香料(株)総合研究所
小山彩香

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<3分でわかる解説> 発酵がもたらす香り
 味噌は日本人の食生活に欠かせない食材である。独特な香りをもつ味噌だが、原料である大豆や麴には味噌のような特有の香りはない。そもそもは香りの少ない原料に、麴菌・酵母・乳酸菌といった微生物の働きが加わることによって初めて、味噌らしい香りができあがるのである。
 味噌には原料によって米味噌、麦味噌、豆味噌と種類があるが、その中でも米味噌には甘味噌から辛口味噌までバリエーションが豊富にある。原料の種類は同じでも、配合バランスや熟成期間の長さ、関わる微生物の種類によって、できあがりの風味が変わる。
 例えば、白味噌が甘いのは、米のデンプンが麴菌により分解され、主にブドウ糖が生成するからである。熟成期間の長い味噌は、生成したブドウ糖が発酵によって減るため、甘さが減っていく。また、味噌の香りの重要成分である4-hydroxy-5-ethyl-2-methyl-3(2H)-furanone(以下HEMF)は、白味噌からは検出されず、数カ月しっかり発酵させる赤味噌にだけ含まれる。白味噌と赤味噌を比較すると風味の特徴がまったく違うが、赤味噌にある「味噌らしさ」を決定づける重要香気成分の一つがHEMFなのである。ほかにもさまざまな香気成分・呈味成分が微生物の関わりによってつくり出され、味噌の風味ができあがっている。
 海外でも、健康面でのメリットや使いやすい風味特徴の日本の味噌は注目されてきており、原料である大豆の調達や品質には今後課題が出てくることも予想される。味噌の代替素材開発は今後いっそう求められるようになるのではないだろうか。

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THトピックス

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新中国式のお茶文化と人気の秘密
〜金駿眉紅茶フレーバーの開発・高級茶葉の香り〜

長谷川香料(上海)有限公司
食品香料研究第一部 張 毅
営業企画部 謝 瀟瀟

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和の香り「クロモジ」
~日本固有の植物 
その清々しく気品ある香りを追求~

長谷川香料(株)総合研究所
宮島良子

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<3分でわかる解説> 和の香り「クロモジ」
 「クロモジ(黒文字)」学名Lindera umbellataは、クスノキ科クロモジ属の落葉低木である。茶道をたしなむ方ならなじみがあるかもしれないが、和菓子に添えられる高級楊枝に枝が利用され、楊枝自体もクロモジと呼ばれる。日本の固有種であり、かつては盛んに精油が採られせっけんなどの香りづけに用いられていたことから、近年では和ハーブ・和精油の一種として香りにも再び注目が集まっている。
 実際にクロモジの楊枝を使用すると、控えめでありながらもほかの楊枝にはない清々しく気品のある香りが和菓子の風味を引き立てるように感じ、強く興味を惹かれた。この体験をきっかけに、クロモジの特徴香を把握するべく研究に着手した。また、クロモジは日本各地で古くから利用されており、その歴史をひもとくと、今でこそ香りによるリラックス効果や抗菌などさまざまな生理活性が検証されているが、当時の人々はクロモジの効能を経験的に見いだしていたのではないかと思われる部分もあり、研究内容と併せて紹介したい。
 精油については種々の研究が行われているが、本研究ではクロモジの特徴香をより強く感じた楊枝と採取したての新枝について香気分析から香りの再現までを行った。開発したクロモジの香りを通じ、ヒノキやクスノキにはない新たな魅力をもつ日本の木の香りとして、あらゆる人々に広くクロモジの魅力を伝えていきたい。

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香料の抗菌評価(仮題)

長谷川香料(株)総合研究所

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