HASEGAWA LETTER 2024 年( No.42 )/ 2024.05
OUR 技術レポート
香りの可能性
―空間における抗菌作用
~総菌回収法の紹介~
抗菌とは? 殺菌や除菌との違い
2000年代以降、「抗菌」や「除菌」などを謳った日用製品が市場に数多く出回るようになり1)、これらの言葉が私たちにとって大変身近なものとなった。しかしながら、抗菌や除菌以外にも、殺菌、消毒などの言葉が存在し、これらの言葉の意味を知って正確に使い分けることは難しい。そこでその違いについて紹介する2)。
「殺菌」は単に微生物を殺滅することであり、「消毒」とは、主として人獣に病原性のある微生物を殺滅すること、「除菌」は目的物から微生物を除去することである(図1)。すなわち殺菌、消毒および除菌は、一部の微生物が残存していてよいのである。一方で、「滅菌」となると、殺菌や除菌工程を経て、完全にすべての微生物を殺滅または除去することを指す。そして、今回のテーマである「抗菌」とは、殺菌、除菌、滅菌、消毒すべてを意味するとされており、菌にあらがうことを指す。「抗菌」とは、「JIS Z 2801抗菌加工製品-抗菌性試験方法・抗菌効果」では、「製品の表面における細菌の増殖を抑制する状態」と定義されており、抗菌の対象は細菌のみで、真菌(カビや酵母の仲間)やウイルスは対象外とされている。また、「抗菌」とは、菌の増殖を抑えられる効果のことを指し、今ある菌を取り除くことはできないが、菌が住みにくい環境をつくって、増殖しないようにするとの見解もある。
法規に目を向けると、「殺菌」は薬機法によって効果が認められた医薬品(殺菌消毒剤)や医薬部外品にしか使用できないのに対し、「抗菌」や「除菌」という言葉は、薬機法による規制がないことから、洗剤などの雑貨品にも使える用語であるため、広く使われている。
香気成分の抗菌性は古代から知られていた
香気成分に抗菌性があることは昔から人々に知られ、生活の知恵として利用されてきた。
例えば、古代エジプトのミイラづくりでは、防腐・防臭の目的で、シナモンやクローブなどの複数のハーブをミイラに擦り込んだことはよく知られている3)。また、欧米においては食肉の保存にペッパーやコリアンダーが利用されてきた。古くからアロマ文化のある欧米では蒸留技術の発展とともに各種精油に抗菌性があることも知られるようになり、人々の生活に幅広く利用されるようになった4)。
日本においても、お刺身に大葉やワサビを添える、お団子やおにぎりを笹の葉や竹の皮で包むなどの古くからの習慣がある。大葉には特有の香気をもつperillaldehydeなどが、ワサビには辛み成分であるallyl isothiocyanateなどが含まれており、これらは強い抗菌作用を有する。このように食品の鮮度維持のために知らず知らずのうちに香気成分が利用されてきた。
住環境汚染菌の分布と抗菌性のある香料の用途
私たちの住環境には、さまざまな場所に多種多様な汚染菌が常在しており、その分布と種類を記す(食品関係は除く)(図2)。カビ以外の大抵の微生物は目に見えない程度のわずかな菌数で存在するので、普段の生活において気になることはないが、日常的な清掃を怠ると一気に増殖し、においやバイオフィルムを発生させるなどして生活環境を悪化させ、最悪のケースでは病気を引き起こしうる。
具体的には、浴室には大腸菌(ヒト由来)や黄色ブドウ球菌(ヒト由来)、黒カビ(環境由来)、カンジダなどの酵母(ヒトと環境由来)が常在し、酵母によるピンクのぬめり汚れや黒カビによる汚染に悩まされる。トイレには大腸菌、黄色ブドウ球菌、カンジダ(すべてヒト由来)、黒カビ(環境由来)や尿臭原因菌(ヒトと環境由来)が存在し、汚れや悪臭を引き起こす。居室にも黒カビや赤カビ、黄色ブドウ球菌などが存在し、長期間保管していた物品がカビに汚染される事例がある5)。
さらに、ヒトには皮膚常在菌として、表皮ブドウ球菌、黄色ブドウ球菌、カンジダ、緑膿菌、乳酸菌が存在し、口腔には虫歯菌および歯周病菌、腸内には大腸菌や乳酸菌など多種多様の微生物が存在する。ヒト常在菌はヒトの健康に寄与していることが多く、すべて除去すると逆に体調が悪化するともいわれ、近年の研究では菌叢バランスと種類の豊富さが大切であることがわかってきている6, 7)。
一方で、各居住環境で私たちはさまざまな生活用品を利用して清潔を保っている(図2)。実はこれら生活用品のほとんどに香料が含まれていることから、香料に抗菌能があれば、住環境汚染菌の増殖を抑え、少ない頻度の清掃でも快適さや清潔さを保つことができると考えられる。当社では、香料の抗菌性に関する研究の必要性を感じ、重点的に取り組みを始めた。
抗菌のトレンドは空間抗菌へ
衛生観念の向上とともに、人々は「抗菌」効果を求めるようになった。最初に「抗菌」に関する製品が登場したのは、1900年代初頭のペニシリンの発見に始まる抗生物質の合成研究がきっかけで、医療分野の抗菌薬であった8)。その後、時代とともにさまざまなシチュエーションで人々が清潔を求めるようになり、1980年代以降にウエットティッシュやハンドソープ、繊維製品やプラスチック製品などの抗菌製品が台頭した9, 10)。
その後、コロナ禍において、人々はエアロゾルや飛沫感染に直面し、空間にウイルスや菌が浮遊して存在することが一般的に知られるようになった。これらに対応すべく、抗菌表示のある芳香剤やディフューザーやスプレーなどが発売された。従来の抗菌製品はいわゆる接触による抗菌性、いい換えれば、菌と抗菌性物質が直接接触する系での抗菌性であったのに対し、これらの製品に求められるのは、空間抗菌性、すなわち非接触における抗菌性(揮発した物質が菌に作用する抗菌性)であるため、評価法がまったく異なってくる。非接触における抗菌性の評価方法には公定法がなく、各社がそれぞれの製品形態に合わせてさまざまな方法でその効果を実証しているのが現状である。当社においても非接触における抗菌性の評価方法を試行錯誤した結果、「総菌回収法」の開発に至った。
新規定量的評価への道
シャーレより大きい空間での評価
非接触における抗菌試験で最も簡易的でスクリーニングに用いられる方法に、ペトリ皿法11)(別名:寒天気体法12)、シャーレ裏返し方式13)、シャーレ倒置法、ベーパー法14))が知られているが、評価対象菌と香料の距離がわずか5 mmと近接し、空間はせいぜい40 cm3と非常に狭い。一方、スケールアップした方法で、密閉箱法13)などのプラスチック製密封容器や水槽などの密閉空間を用いた方法が散見されるが、装置や操作性の問題から、同時に試験できるサンプル数が限られ、スクリーニングには適さなかった。
これらの問題を解決すべく、シャーレの直径とほぼ変わらず、縦に引き伸ばした形状のガラスビン(容量900 mL、φ90 mm、高さ18.5 cm)の使用に行き着いた。ガラスビンを深いシャーレに見立て、ビン底に直接寒天培地を固化させ、蓋に香料を浸み込ませたろ紙や香料賦香物を置き、倒置培養することで、従来のペトリ皿法のもつ欠点をすべて解消できた。また、一般的な培養器1台につきガラスビン20本以上が収納可能で、数多くのサンプルのスクリーニング評価が可能であった。
当社では、このガラスビンを用いた方法で抗菌評価を行っていたが、一般的に周知の方法と同様に、評価が定性的であいまいであるという大きな欠点があった。
従来法での定性的な抗菌性評価
~大腸菌を例に~
ガラスビンを用いた従来法で、抗菌性があるといわれているアルデヒドを中心に抗菌性を比較した。今回使用したのは、①2-phenoxyethanol、②cinnamic aldehyde、③trans-2-hexenal、④heptanal、⑤2-phenylpropanalの5つの香料化合物である。
具体的な操作としては、ガラスビンのビン底に大腸菌選択培地 XM-G培地 20 mLを固化させ、培地表面に計10の2乗オーダー個となるよう菌液を塗布した(図3)。各香料化合物5 μLを含浸させたろ紙(φ40 mm)を蓋にセットしたものを密封し、倒置培養した(35 ℃、24±2 h)。評価は生育可否やコロニー数をビン底から観察して行った。
コロニー数を算定した結果を示す(図4)。
①2-phenoxyethanolは、コロニー数398個でblank(香料なし、対照)のコロニー数と比較したところ、この用量では抗菌性を有しないと判定された。
また、⑤2-phenylpropanalでは、コロニー数が28個でblankに比べて減少したことから、抗菌性を有することが示唆された。
そして、②cinnamic aldehyde、③trans-2-hexenal、④heptanalでは、コロニー数が0個となり、非常に強い抗菌性を認めた。これら3化合物はいずれも強い抗菌性を有することは示されたが、この方法ではこれら3化合物間の強弱を比較することはできず、一律に「抗菌性が非常に強い」との評価にとどまった。
このように、コロニー数での評価では、抗菌性の強弱の比較には制限があることが示唆された。また、コロニーの極小化や出現の遅延などのパラメータは評価に含まれないといった欠点もあった。
従来法の評価での抗菌性比較
②=③=④>⑤>①
総菌回収法の開発
定性から定量へ
従来法のコロニー数による評価では、非常に強い抗菌性を示した3化合物が同等と評価されたが、本当に同等なのだろうか。コロニー数はいずれも0個だが、目に見えない程度の増殖があるのではないかと考え、ガラスビン系内の総菌数を指標とする新規法を着想した(図5)。
「総菌回収法」の方法15)(特許出願中)
新規法、すなわち「総菌回収法」の方法を示す(図6)。従来法でコロニー数を算定した後、さらに、開封したガラスビンにリン酸緩衝希釈水9 mLを添加し、ビン底の培地表面をピペットで綿密に洗浄して菌を回収した。さらにリン酸緩衝希釈水1 mLを添加し、同様に追加洗浄回収した。こうすることで、培地表面に潜在するすべての菌体を懸濁回収した。得られた菌懸濁回収液計10 mLの菌数を微生物検査と同じ要領、すなわち段階希釈の培養法で測定し、ビン内の総菌数を算定した(XM-G培地使用、35 ℃、1 d培養)。
総菌回収法による結果
総菌数を算定した結果を示す(図7)。
従来法でコロニー数がblankと同様であった①2-phenoxyethanolでは、総菌数もblankと同様であった。コロニー数が減少し、抗菌性を有した⑤2-phenylpropanalではblankより1オーダー少ない1.0×109個の総菌数が存在し、blankよりも増殖が抑えられていることが示された。
一方、コロニーが0個であった②cinnamic aldehyde、③trans-2-hexenal、④heptanalの総菌数には大きな差が見られ、③trans-2-hexenalは目視判定同様に、菌が検出されなかった(2連で実施、検出限界は5個/ビン)のに対し、②cinnamic aldehydeでは菌が5個検出された。④heptanalはコロニー数が0個であっても、実は3.0×104個の菌が潜在することが明らかとなった。
ここで、ビン底に観察されるコロニーとは、最初に塗布した一つひとつの細胞が増殖して目に見えるようになったものであるから、塗布した初菌数はblankのコロニー数と等しく、394個と解釈できる。この初菌数(394個)と各総菌数を比べると、②cinnamic aldehydeおよび③trans-2-hexenalでは培養前後で総菌数が減少していることから、抗菌作用(増殖を抑える作用)にとどまらず、殺菌効果をも有することが示唆された。一方で、④heptanalでは初菌数(394個)と比較すると増殖が見られるが、培養後のblankの総菌数(1.6×1010個)と比較すると、増殖が顕著に抑制されていることが示唆された。すなわち、「総菌回収法」による評価とは、菌の分裂増殖の度合いを指標とする方法であるといえる。
また、総菌回収法では以下の式で抗菌活性を算出することができる。
抗菌活性(log)=
log〈blankの総菌数〉-log〈評価サンプルの総菌数〉
5化合物の抗菌活性の比較を示す(図8)。抗菌活性を算出することで、抗菌性の強弱を定量比較できた。
総菌回収法の評価での抗菌性比較
③>②>④>⑤>①
従来法に比べて総菌回収法は、抗菌性の強いサンプル同士の比較に特に有用であるといえる。さらに、初菌数と培養後の総菌数を比較することで、「抗菌作用」なのか、その中でも強い「殺菌作用」なのかも判別可能である。
総菌回収法の応用といった点では、今回は、ガラスビンでの系を用いて説明したが、シャーレスケールから数リットルの水槽、トイレなどを想定した密閉空間でも理論上は適用可能な方法である(未実施)。また、菌数を定量しているため、分裂により増殖するバクテリアや酵母で利用可能であり、菌糸伸長などで増殖するカビには適用不可な方法である。さらに、今回は単一の香料化合物を例に挙げたが、複数の成分からなる調合香料(複数の香料物質で処方を組み、香調を整えたもの)の評価にも応用可能な方法である。
総菌回収法の活用
当社ではガラスビンスケールでの総菌回収法を、香料化合物や調合香料の非接触における抗菌性の比較評価に、スクリーニング的に活用している。一度に多数のサンプルを定量的に比較評価できる点は従来法にはなかった大きなメリットである。研究開発のスピードアップが図れ、顧客の要望に沿った迅速な香料の提案が可能となった。これまでの定性的であいまいな評価とは異なり、定量的で説得力のあるデータを合わせて提供することも可能となった。
しかし総菌回収法は基本的には密閉系での評価であり、芳香剤やディフューザー用の香料を想定した場合、居室やトイレ、浴室などの実際の使用環境とはまったく異なる環境での評価となることは留意されたい。
調香技術と空間抗菌でつくる未来
スケールアップした空間における抗菌性検証には、換気設備や温度調整機能が整った大規模な専用実験室で行う方法がある。しかしこのような設備を用いたとしても、実生活空間の再現は難しい。なぜなら、容積や換気・湿度に加え、空調やヒトの移動による気流、さらには生き物や料理などの生活から発生する微量物質などさまざまな因子が存在するからである。そのため、実生活空間での抗菌性の立証は業界の課題となっている。このような背景から、密閉系ではあるが定量的に評価可能である「総菌回収法」の開発に至った。当社の調香技術と客観的な空間抗菌のデータを組み合わせることで、より快適な生活空間を実現できるよう社会に貢献したい。
参考文献
- 1)経済産業省製造産業局.抗菌加工製品の内外市場に関する調査研究の概要(平成16年9月).2004.
- 2)坂上吉一.講座 防菌防黴分野における微生物制御の歴史的経緯と現状 [5]医薬品等ならびに関連分野における微生物制御(その4).日本防菌防黴学会誌.2023, vol. 51, no. 2, p. 95-101.
- 3)田口裕基.香辛料の世界へ―「カレー粉」調合体験プログラムを通して―.日本調理科学会誌.2022, vol. 55, no. 2, p.129-133.
- 4)長谷川香料株式会社.絵でわかるにおいと香りの不思議.講談社,2022.
- 5)浜田信夫.講座 室内環境における微生物汚染実態および制御 [1]室内環境におけるカビ汚染の実態.日本防菌防黴学会誌.2019, vol. 47, no. 4, p. 169-176.
- 6)株式会社資生堂.プレスリリース.資生堂、敏感肌では皮膚常在菌叢の多様性が低いことを発見.2020-8.
https://corp.shiseido.com/jp/newsimg/2960_u0j92_jp.pdf - 7)柴垣奈佳子.敏感肌での皮膚常在菌叢.オレオサイエンス.2023, vol. 23, no. 11.
- 8)平井敬二.日本発の抗菌薬開発の歴史と今後の展望について.日本化学療法学会雑誌.2020, vol. 68, no. 4, p. 499-509.
- 9)檜山圭一郎.プラスチック製品の抗菌加工.繊維製品消費科学.1999, vol. 40, no. 9, p. 576-584.
- 10)平沼進.抗菌・防カビ・抗ウイルス・抗バイオフィルム加工製品普及のための認証機関としてのSIAAの取り組み.表面技術.2021, vol. 72, no. 5, p. 265-268.
- 11)吉田欣未,菅本和志,外山孟生,勝田純郎,坂上吉一.香料の揮発成分の抗MRSA作用.環動昆.1993, vol. 5, no. 2, p. 59-64.
- 12)井上重治.精油蒸気の抗菌活性.AROMA RESEARCH. 2011, vol. 12, no. 1, p. 35-43.
- 13)井上重治.微生物と香り.フレグランスジャーナル社,2002. p. 160-206.
- 14)井上重治,内田勝久,安部茂.靴足型容器内での植物精油蒸気によるTrichophyton mentagrophytesの殺菌効果.日本防菌防黴学会誌.2006, vol. 34, no. 7, p. 381-389.
- 15)富亜希子,木野はるか.非接触における抗菌試験の新規定量的方法の開発.日本防菌防黴学会 第50回年次大会要旨集.2023, p. 46.
- 富 亜希子 とみ あきこ
-
長谷川香料(株)総合研究所技術研究所
素材開発グループを経て、製品の微生物危害リスクの検証や、付加価値向上を目的とした抗菌性試験など基礎研究に従事。新規香料化合物の安全性評価も担当。
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