HASEGAWA LETTER 2024 年( No.42 )/ 2024.01

OUR 技術レポート

和の香り「クロモジ」 ~日本固有の植物 
その清々しく気品ある香りを追求~

長谷川香料(株)総合研究所 宮島良子

和菓子に添えられる高級楊枝として知られる「クロモジ(黒文字)」。使用した際に、その清々しく気品ある香りに魅せられた。そこで、クロモジの特徴香をより強く感じた楊枝と採取したての新枝について香気分析から香りの再現までを行った。また、クロモジの利用の歴史は古く当時の人々は香りによる効能を経験的に見いだしていたようであり、研究内容と併せて紹介する。

  • 2024 年( No.42 )
  • OUR 技術レポート

クロモジの香りとの出会い

 「クロモジ(黒文字)」と聞いてピンとこない人もいるかと思うが、和菓子に添えられる樹皮がついた平たい楊枝といえばわかりやすいかもしれない。この楊枝の原料となる植物もクロモジと呼ばれ、古くから芳香のあるクロモジで楊枝をつくっていたことから同名となったようだ。
 近年、伝統的な和菓子に洋菓子の素材や技法を取り入れた“和スイーツ”や“ネオ和菓子”のブームにより、和菓子が再び脚光を浴びている。私自身も自然と和菓子に接する機会が増え、季節感のある愛らしくも美しい見た目と、素朴な味わいの魅力にすっかりはまってしまった。そのような中、とある和菓子店で生菓子を買い求めた際、一緒に入っていたのがこのクロモジである。せっかくなら使ってみようと、一口大に切った和菓子とともにクロモジを口に含んだ瞬間、控えめでありながらも清々しく気品ある香りに驚いた。さらにもう一口と口元に運ぶたびにその香りで鼻と口がリセットされ、素朴な和菓子の風味にメリハリが生じるような感覚があり、気がつくとあっという間に食べ終えていた。菓子を味わうための道具は金属製、竹製、漆塗りのものまでさまざまあるが、クロモジのような体験はほかにはなく強く印象に残った。
 この香りの正体を突き詰めたいとの思いから、クロモジの香りの研究に着手した。

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日本固有種のクロモジ―その特徴と名前の由来

クロモジとは1, 2)

 クロモジ(学名Lindera umbellata)は、クスノキ科クロモジ属で雌雄異株の落葉低木である(図1)。日本の固有種でブナ林の下層などに多く見られ本州の広域に分布する。樹皮、葉、花に至るまで樹木全体に芳香をもつのが特徴である。新しい枝は淡緑色でなめらかであるが、経年により樹皮に黒色の斑点を生じる。葉は、左右たがいちがいに出る互生で多くは枝先に集まる。春先になると薄黄色の小さな花序を散形状につけ、秋には球形の実が黒く熟す。

 地域により、クロモジ(L. umbellata Thunb.)のほか、オオバクロモジ(L. umbellata var. membranacea (Maxim.) Momiyama)、ヒメクロモジ(L. umbellata var. lancea Momiyama)、ケクロモジ(L. sericea (Sieb. et Zucc.) Bl. )、ウスゲクロモジ(L. sericea var. glabrata Bl.)も分布するが、識別が困難なことからクロモジ(L. umbellata)にまとめられることが多い。

名称の由来3, 4)

 樹皮に現れる黒い斑点模様を文字に見立て「クロモジ」の名が生まれたとするのが通説である。一方で、楊枝として使われてきたこと自体を由来とする説も有力である。宮中などに仕える女房(女官)たちは丁寧語として言葉の一部に「もじ」を加えて呼ぶ習わしがあり、杓子(しゃくし)を「しゃもじ」、髪の毛のことを「かもじ」などがその一例である。同様に、楊枝として使われていた黒い木が「黒もじ」になったというのが論拠だ。
 また、昔は枝を束ねて立てかけた「クロモジ垣」が多くの神社に使われており、京都の桂離宮や野宮神社には今でもその姿を見ることができる。さらに、狩猟の獲物を神に捧げる際にもクロモジの枝が使われていたことからも、神樹としての役割も果たしていたようである。

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クロモジ―その利用方法の今昔

楊枝5)

 楊枝は、現在でもクロモジの最も身近な利用法といえよう。楊枝は奈良時代に仏教とともに伝来した歯ブラシの原型とされる歯木(しぼく)より発展した。長らく地位や家柄の高い貴人(きじん)らにより使用され、江戸時代には楊枝の端を叩いてブラシ状になった房楊枝(ふさようじ)にクロモジが利用されたことで庶民に広まった(図2)。今でこそクロモジは精油成分による口腔内の抗菌作用も検証されている6)が、当時の人々はクロモジの香りのよさに加え効能も経験的に知っていたのだろう。また、クロモジの枝を傘に用いると趣が増すとされ、クロモジ特有の黒い模様が入った樹皮が風流なものと捉えられていた。やがて、茶席の菓子切りにも用いられ高級楊枝としての地位を確立したとされる。

精油7, 8)

 枝葉を水蒸気蒸留すると、クロモジ油(精油)が採られる。明治時代以降、伊豆地方で盛んに生産され、当時はせっけんの香りづけや頭髪油に使用された。また、多くの植物に含まれフレッシュフローラルノートを表現するのに欠かせないlinaloolを豊富に含むことから、ヨーロッパにlinalool給源としても輸出されていたが、安価な合成品の普及により衰退した。ところが、近年、精油のリラックス効果やヒト白血病細胞HL-60に対するアポトーシス誘導効果が明らかになり、健康志向の高まりや国産精油ブームもあって再び脚光を浴びている。さらに、サステナブルな取り組みの一環として、森林保全目的の皆伐、下刈り作業によって発生する材を積極的に活用し、精油を生産するところが日本各地で小規模ながらも増えている。

生薬など9, 10)

 クロモジの幹枝は、生薬の烏樟(ウショウ)の原料に用いられ、薬用酒の主成分としても知られている。烏樟の作用は、健胃、鎮静、血行促進などである。枝葉は生薬の釣樟(チョウショウ)の原料となり、民間では脚気や急性胃腸炎に煎じ服用したり、止血には粉末が用いられたりする。山陰地方では福来(ふくぎ)茶と呼ばれ、古くからハーブティー的な役割も果たしてきた。また、枝葉を布袋に入れ風呂に浮かべれば、神経痛や腰痛の入浴剤となり体が温まる。脱毛やフケ防止には、枝葉をアルコールに漬けた液が役立つともされる11)

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アポトーシス(apoptosis)
細胞の自然死を指す。細胞内の遺伝子の働きにより引き起こされる、生命維持に不可欠な機能。

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形態別における香りの比較

 研究対象を選定するため、楊枝、市販精油、生木(新枝と古枝)を集め、それぞれの香りを官能的に評価した。

楊枝

 クロモジの香りに興味をもつきっかけとなった和菓子店に問い合わせたところ、楊枝専門店のものであることがわかり同等品を入手した。ローズ様の甘く華やかな香気を中心に、サンショウを思わせるスパイシーな刺激感やハーバルで爽やかなアクセント、沈香(じんこう)のような落ち着きのあるバルサミックウッディな余韻が感じられ、これらのバランスが魅力的であった。

市販精油

 現在は日本各地に蒸留所があり、産地により香りが少しずつ異なることで知られる12)。今回は、伊豆産と会津産の2種類を入手し評価を行った。なお、いずれも枝葉の水蒸気蒸留品である。
 伊豆産は、甘く華やかなローズ様香気に、トップには樟脳やローズマリーを思わせる清涼感、ベースには木の樹脂を思わせるバルサミックなウッディノートがしっかりと感じられ、やや落ち着いた香りであった。一方、会津産は、ローズ様香気は伊豆産と共通でありながらも、トップにグリーンハーブやシトラスの要素が感じられ、全体に軽やかな印象であった。
 しかしながら、いずれも楊枝で感じられたサンショウ様のスパイシーハーバルな特徴は弱く、おとなしい香気であった。

生木

 精油量が最大となる時期が6~7月13)とのことから、6月下旬に当社総合研究所内に植栽されているクロモジから枝を採取した。採取年に新たに伸びた新枝と、伸びてから年月がたちクロモジ特有の模様が入った古枝について比較を行った。新枝は、楊枝で感じた特徴香に若葉やシトラスのような明るさや、linaloolのフレッシュフローラル様香気が加わり、全体的に清潔感あふれる生き生きとした香りが魅力的であった。一方、古枝はやや楊枝に近しい香気に感じられた。

 香りの官能評価を行った結果、クロモジの特徴香がより強く、全体のバランスも魅力的と思われた楊枝と生木の新枝を研究対象に選定した。
 また、先行研究を調査したところ、精油については香気成分から生理作用まで多様な研究が進められているが、楊枝の香気に関しては報告例がなく、新枝については溶媒抽出による分析報告14, 15)があるものの、枝から漂う香りそのものを捕集し分析した例は見つからなかった。そういった意味でも、楊枝の香気と、新枝のヘッドスペース香気を研究する意義があると思われた。

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クロモジの香気分析と香りの再現

香気捕集

 楊枝と新枝のそれぞれに適した方法を選択し香気捕集を行った(図3)。

◇ 楊枝

 楊枝の香りを詳細に嗅ぐと部位により少しずつ香りが違うことから、クロモジの特徴香がする場所を探すところから始めた。大部分を占める白色の木質部は割り箸のような酸っぱいにおいがし、今回求める香りとは異なった。また、黒い模様が入った樹皮の表面はほぼ無臭であったが、樹皮と白い木質との境目からほのかに特徴香を感じた。そこで、樹皮の表面から彫刻刀で少しずつ削り進め、内樹皮と呼ばれる赤茶色の層に到達した途端、特徴香を強く感じた。この厚さ1 mmにも満たない内樹皮だけを削り集め、有機溶媒にて抽出後、溶媒を留去することで香気濃縮物を調製した。

◇ 新枝

 精油量が最大となる6月下旬に、新たに伸び黒い模様がまだ入らない黄緑色の枝を当社総合研究所内の植栽のクロモジから採取した。枝についている葉の香りは、クロモジの特徴香よりも若菜に広く共通する香りが強く感じられたため取り除いた。特徴香が枝の切り口に認められたことから、厚さ約2  mmに細かく輪切りしガラス管に充塡した。ガラス管の下部から活性炭を通した空気をポンプで送り込むことで、ガラス管内のヘッドスペース香気を上部に配置した香気捕集用の吸着剤にて捕集した。捕集後、吸着剤に有機溶媒を通液することで脱着し、溶媒留去により香気濃縮物を調製した。

香気成分分析

 調製した香気濃縮物についてGC-MS(Gas Chromatography-Mass Spectrometry)測定を行い、香りを構成する香気成分を同定した。主な香気成分を図4にまとめる。
 楊枝ではフルーティなローズ様のgeranyl acetateをメインに、ウッディなnerolidolや華やかなローズ様のgeraniolが高い割合で検出された。また、δ-cadinene、1,8-cineoleなど清涼感をもつ成分も多く検出された。
 一方、新枝ではフレッシュフローラル様のlinaloolが最も高い割合で検出され、楊枝と共通のgeranyl acetateやgeraniolも検出されたが、バランスがかなり違うことがわかった。Dihydrocarvoneやβ-bisabolene、β-caryophylleneといったハーバルスパイシー様の成分も検出された。

アロマプロファイルの作成と香りの再現

 続いて香気寄与成分を明らかにするためGCにおい嗅ぎ分析を行った。得られた結果から楊枝と新枝それぞれのアロマプロファイルを作成し、香気再現を行った(図5)。

◇ 楊枝

 Geranyl acetateをメインにgeraniolやlinaloolなどを合わせることで、香りの核となるローズ様の甘く落ち着きのあるフローラルノートを表現した。そこに、ウッディな楊枝の硬く乾いた繊維感を出すためnerolidol、p-cymene、acetic acidなどを加えた。楊枝を使用した際に感じたハーバルスパイシーな清々しさの再現には1,8-cineole、borneol、isothymolなどが効果的であり、バルサミックな余韻にはvanillinなどを使用した。以上により、楊枝特有のハーバルスパイシーな清々しさがアクセントのウッディフローラルの香りが完成した。

◇ 新枝

 香りの核となるフローラルノートの構成成分は楊枝と同様だが、linaloolをメインとする華やかなフレッシュフローラルノートにバランスを変えた。そこに、軽やかなウッディノートのcaryophyllene epoxideなどを加え、新枝のみずみずしくしなやかな様子を表現した。さらに、β-caryophyllene、myrcene、thymolなどによる生き生きとしたフレッシュハーブノートや、楊枝にはない特徴のhexanal、(Z)-3-hexenolやcitralなどの若葉や柑橘を思わせる明るいグリーンシトラスノートが加わることで、新枝を手折った瞬間に周囲に広がるウッディグリーンの香りが完成した。

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アロマプロファイル
対象物のにおいを特性ごとに分割し、分析で見いだされた成分を当てはめたもの。

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先人たちの植物利用の歴史に学び、香りづくりに生かす

 「天然物のリアルな香りの魅力を、あらゆる人々に広く届けたい。」
 このような思いのもと、当研究所では花や果実を中心にさまざまな天然物の香りを20年以上かけ研究してきた。植物の旬ともいえるベストな香りの状態で最適な方法にて分析し、精度高く再現したものをaroma CAPTURE®としてシリーズ化している。今回開発したクロモジの新枝の香りは、早春から枝を伸ばし精油をふんだんに蓄え初夏の野山でしか嗅げない希少な香りである。aroma CAPTURE®の新たなラインアップとして、ヒノキやクスノキにはない新たな魅力をもつ日本の木の香りを広く提供できるものと考えている。
 今回の研究を進めるかたわらクロモジの利用の歴史を調べていくと、現代のように科学が発達するよりもずっと昔から先人たちが経験を積み重ね、植物の香りを暮らしに巧みに取り入れてきたことを改めて実感した。長く受け継がれているものにはきっと多くの知恵と工夫が凝縮されており、そこから学び当社の技術と融合させることで豊かな社会づくりに貢献できるのではないだろうか。まさに「温故知新」の精神で今後も研究を発展させていきたい。

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参考文献

  • 1)河野昭一総監修.Newton 植物の世界 樹木編.ニュートンプレス,2001, p. 146-173.
  • 2)谷田貝光克.クロモジの植物学.aromatopia. 2023, vol. 32, no. 3, p. 56-60.
  • 3)稲本正.クロモジが発する香りの機能はどこまで追跡されているのか.AROMA RESEARCH. 2016, vol. 17, no. 1, p. 31-36.
  • 4)熊谷卓彦.ウイルスもおどろく?クロモジの底力とこれから。.AROMA RESEARCH. 2020, vol. 21, no. 3, p. 29-33.
  • 5)伊藤由起子.クロモジの歴史-香り文化を中心に.aromatopia. 2023, vol. 32, no. 3, p. 61-65.
  • 6)千葉良子,佐藤真奈美,鶴田和子,井上能博.齲蝕菌、歯周病菌、カンジダ菌に対するクロモジ枝葉精油およびスギ葉精油の抗菌活性.AROMA RESEARCH. 2016, vol. 17, no. 4, p. 76-80.
  • 7)舟茂洋一,馬場篤,大貫茂.日本の香木・香草-香る花・木・草220種.誠文堂新光社,1998, p. 42.
  • 8)吉武利文.ものと人間の文化史159・香料植物.法政大学出版局,2012, p. 25-51.
  • 9)芦部文一朗.クロモジの香りと可能性.AROMA RESEARCH. 2018, vol. 19, no. 4, p. 22-23.
  • 10)村上志緒編.日本のメディカルハーブ事典.東京堂出版,2013, p. 51-53.
  • 11)谷田貝光克.日本産精油植物38種各論.aromatopia. 2021, vol. 30, no. 6, p. 36-37.
  • 12)和田文緒.日本産アロマ資源植物を活かしたアロマテラピーへ~現場からの一考察~.aromatopia. 2021, vol. 30, no. 6, p. 17.
  • 13)高橋輝昌, 大後恵里菜, 柴崎則雄, 丸山徹也, 古川康二, 安田慎之介, 人見拓哉.クロモジの精油抽出量および精油成分組成の季節変化.第132回日本森林学会大会要旨集.2021.
  • 14)赤壁善彦.森林浴における香りのリラックス度へ与える影響.AROMA RESEARCH. 2010, vol. 11, no. 2, p. 56-61.
  • 15)野村正人,牛崎絢子,武智遼.季節の移り変わりにおける隠岐島産クロモジ(葉および枝)の香気成分について.近畿大学工学部研究報告.2018, no. 52, p. 1-13.

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