HASEGAWA LETTER 2026年( No.44 )/ 2026.05
OUR 技術レポート
レモンの香り ~変わらず愛される香り~
レモンの果実や果汁は料理や飲料、菓子などの味つけや香りづけとして、また、果汁を搾る際に得られる精油分は、フレーバーや香水、アロマオイルなどに用いられており、レモンは余すことなく活用できる万能のフルーツといえる。この世界中の人々を魅了してやまないレモンの香りが、なぜ変化してしまうのか、どうすればフレッシュさを保てるのか、という永遠の課題に対しての当社の最新研究について紹介する。
世界で栽培されるレモン伝播の歴史
レモンはミカン科(Rutaceae)ミカン属(Citrus)に分類され、学名は Citrus limon (L.) Burmanである。その起源はその他の柑橘と同じようにアジアのインドからミャンマー付近である。12世紀までにはアラブ帝国の拡大に伴いペルシャや中東を経て、イタリアやスペインといったヨーロッパにまで伝えられたといわれている1, 2)。
レモンに関する最古のレシピと考えられる12世紀のエジプトの書物『On Lemon, Its Drinking and Use』には、当時の健康に役立つさまざまなレモンの利用法や、多くのレモネードのレシピが紹介されており、この時代から人々の生活に溶け込んでいる様子がうかがえる2)。
大航海時代になると15世紀にはコロンブスによって西インド諸島までもち込まれ、16世紀にはポルトガルからブラジルに、スペインからフロリダにと各地に伝播した。その後、19世紀半ばになるとアメリカのフロリダやカリフォルニアで商業栽培が始まるが、1890年代半ばの冷害によってフロリダのレモン産業は崩壊した(図1)2)。
現在では、アメリカやメキシコなどの北米からチリやアルゼンチン、ペルーなどの南米、イタリアのシチリア島やスペイン、トルコなども含む地中海沿岸地域、南アフリカ、中国など世界各地で栽培が行われている。


日本のレモン栽培
日本には明治の初めに導入され、瀬戸内地方を中心とした温暖な地域でわずかに栽培されていたが、1964年の輸入自由化によりアメリカ産レモンの輸入が急増したことで壊滅的な打撃を受けた。しかし、近年はポストハーベストを使っていないという付加価値やその風味の良さが評価され、人気が高くなってきており生産量と消費量ともに増加を続けている3)。
2023年10月に愛媛県のレモン農園を訪ね、国産レモンの栽培について理解を深める機会を得た。みかん農園の休耕地を利用した傾斜面で、太陽の光をたっぷりと浴びて育ったグリーンレモンの香りは、これまでに味わったことのない力強く爽快な香りで、私にとって今までにない鮮烈な経験となった。
左上)日当たりの良い傾斜面で栽培されている国産レモン
左下)国産ならではの、香り高いグリーンレモン
右)たわわに実った国産レモン
精油とレモンの香り
レモンの果皮は、果肉に近い白い部分の「アルベド」と表面に近い黄色い部分の「フラベド」で構成されている。フラベドに点在している「油胞」と呼ばれる組織にレモンを印象づける爽やかな香りの精油(limoneneやcitralなどの香気成分を含む)を蓄えている(図2)。


この精油は蒸留によって採取することもあるが、熱などによりダメージを受けやすいため主に圧搾法により製造されることが多く、圧搾法で得られた精油はCold Press Oil(以下C.P. Oilと略す)と呼ばれる。その昔は、レモンをホールのまま、内面に金属製の針状突起がある容器内で圧搾するエキュール法や、レモンを水につけた後、手で圧搾してオイルを海綿に吸収させるスポンジプレス法などが行われていたが、今日では機械化されて工業的に製造されている。
現在、アメリカやスペインなど多くの国ではIN-LINE方式が、アルゼンチンではRASPING方式が用いられることが多く、イタリアではこれらの方法以外にもSfumatrice、Pelatriceなどの伝統的な方法が用いられる場合もある。主な搾油方法を紹介する4-6)。
IN-LINE(インライン)方式
柑橘全般で用いられる一般的な方法。果実のサイズごとに選別されたレモンが、上下に並んだ指状のカップに搬入された後、上部のカップが上下しながら搾汁と搾油を同時に行い、下のカップの中心部に設けられた管から果汁を抜き取り、上のカップから出た水でオイルを流す方法である(図3)。水で洗い流されたエマルジョンを遠心分離にかけC.P. Oilを得る。


この方法は搾汁と搾油を同時に行うため、オイルと果汁の接触があり、果汁由来のジューシーさを有する。この方法での収率は0.4 %程度(対果実重量)である。
RASPING(ラスピング)方式
IN-LINE方式と同様に一般的に使用される搾油方法で、アメリカBROWN社製のBOE(BROWN OIL EXTRACTOR)が有名。針状の歯が大量に設けられたローラー上を果実が転がる際に、針状の歯で油胞をつぶして水でオイルを洗い流し、得たエマルジョンを遠心分離してC.P. Oilを得る。精油を回収した後の果実からは精油分を含まない安定性が高くすっきりとした風味の果汁が得られる(図4)。
IN-LINE方式と比較してこの方法の最大の特徴は、搾汁工程と完全に別タイミングでの搾油となるため、しっかりとしたピール感を有する。この方法での収率は0.4〜0.5 %程度(対果実重量)である。


Pelatrice(ペラトリーチェ)
RASPING方式と類似の搾油方法としてイタリアで伝統的なPelatriceがある。おろし金状に加工されたドラム内でレモン果実を転がし、水でシャワリングしながら皮を削る。RASPING方式と同様に、おろし金で油胞をつぶして水でオイルを洗い流し、得たエマルジョンを遠心分離してC.P. Oilを得る。
Sfumatrice(スフマトリーチェ)
Sfumatriceはイタリア独特の方法で、かつては手作業で行われていたスポンジプレス法を機械化したものである。具体的な流れは、搾汁装置であるBirillatrice(ビリラトリーチェ)によりレモンを半分にカットし、ローズヘッドと呼ばれるスクリューで搾汁した後に、搾汁された果皮は先に行くほど幅が狭くなったシリンダ一に送られて徐々にソフトにプレスされ、にじみ出たオイルを水で洗い流し、得たエマルジョンを遠心分離しC.P. Oilを得る(図5)。この方法での収率は0.3 %程度(対果実重量)である。


ソフトにプレスするため収率は低いが高品質のオイルが得られ、非常にフレッシュなピール感を有している。その高品質さと希少性から、香水に使用されることも多い。一般に、この方法で得られたオイルは最高級品とされており、国際的に最高の価格である。
これらの圧搾法で得られるC.P. Oil以外にも、果汁を濃縮する際に得られるEssence Oil(以下Ess. Oilと略す)や搾油後の残渣(皮、パルプなど)やエマルジョンを蒸留して得られるDistilled Oilがある。Ess. Oilは、フレッシュな軽いトップノートと甘酸っぱいジューシー感があり、Distilled Oilは輪切りレモンのようなピール感とジューシーさをもちあわせているのが特徴である。
レモンの香気成分を探る
レモンの香気成分は主に果皮に精油として存在するが、果汁にもわずかに含まれている。まず果皮から得られるPeel Oilについて述べ、次に果汁に存在する Ess. Oilについて述べることにする。
Peel Oilの香気成分
レモンの精油は果実の重量に対して約0.5~0.6 %含まれており、機械的な搾油によって得られるPeel Oilは0.3~0.5 %程度である。このPeel Oilの香気成分としては、300以上の物質が知られている。炭化水素としては、ほかの柑橘類と同様にlimoneneが最も多いが、オレンジなどに比べるとその含量は70~80 %と低く、α-pinene、β-pinene、myrcene、γ-terpineneなどが多い。また、limoneneなどのモノテルペン類以外にも、β-bisabolene、β-caryophylleneなどのセスキテルペン類も含まれている。含酸素成分は4~5 %と多く、その大部分が香りのキー成分であるcitralで2~4 %を占めている。その他の香気成分としては、octanal、nonanal、decanal、citronellalなどのアルデヒド類、linalool、nerol、geraniolなどのアルコール類、neryl acetate、geranyl acetateなどのエステル類が含まれており、レモンらしいピール感と華やかさを織りなしている6-8)。
イタリア産の果実の収穫時期別の香気成分を見てみると、citral含量を比較すると晩秋から冬にかけて収穫されるWinter crop の中でも12月と1月が特に高く、春にかけて低い値となっており、力強いレモン感が求められる用途ではWinter cropが好まれる(図6)。一方で、華やかでありながらもフルーティな香りが特徴のneryl acetateやgeranyl acetateは春に近づくにつれて増える傾向にあり、黄色く色づいたレモンの甘い果実感や完熟感に寄与している7)。


Ess. Oilの香気成分
果汁中の香気成分は非常に少なく、果汁を濃縮する際に得られるEss. Oilは、果実の重量に対して0.01~0.02 %程度である。Ess. Oil中の香気成分はPeel Oilに比べ、ethyl acetate、ethyl butyrateなどの軽いエステル類、hexanol、linalool、α-terpineolなどのアルコール類が多く、みずみずしさやジューシーさ、グリーン感が特徴といえる。
次に、当社にてカリフォルニア産レモンの果皮、生果をクラッシュした全果、輪切りについて行った分析データについて触れたい。
全果では、果皮に比べフレッシュ感に寄与するacetaldehyde、ethyl acetate、cis-3-hexenol、trans-2-hexenolなどのアルコール類、サワーな果汁感に寄与するα-terpineolなどが多いといえる。また、輪切りは果皮に比べ、フレッシュ感に寄与するacetaldehyde、ethyl acetate、ethyl butyrate、hexanal、linalool、果汁感に寄与する1,8-cineole、4-terpineol、α-terpineolなどのアルコール類が多いことがわかる(図7)7)。


レモンの香りの変化
一般的に柑橘の精油は光や熱に対する安定性が弱いといわれているが、その中でもレモンは特に香りの変化が顕著であり、多くの研究や報告がなされている。レモンの精油中の大部分を占めるlimoneneなどのモノテルペン類は、酸性の水溶液中でα-terpineolなどに変化し、フレッシュな香気からライム様の香りを生じる。同様に、レモンの香りのキー成分の一つであるcitralは酸性の水溶液中で薬品臭とも表現されることが多いp-cresolやp-methylacetophenoneなどに変化し、オフフレーバーを生じることはよく知られている(図8)9)。これらの成分はフレッシュなレモンの香りとは相反するニュアンスのため、少量発生するだけでもレモンらしさを大きく損なう場合がある。


また、citralは光への安定性も乏しく、光によりphotocitral類に変化することも知られている。
レモンの香りは爽やかで酸味をイメージしやすく、特に酸味のある飲食品との相性が良いためにレモンフレーバーが使用される機会が多い。「安定性の高いレモンフレーバーが欲しい」「異臭の出ないレモンフレーバーはないのか」という飲料会社や食品会社からの要望は多い。
当社では「レモンの香りをより深く理解して、より良いレモンフレーバーを創りたい!」という想いのもと、炭酸飲料中でのレモンフレーバーの経時変化について研究を進めてきた。その結果、limoneneやcitral以外の多くの香気成分の挙動についても明らかになってきている。特に、レモンらしい華やかさやフルーティさに寄与するneryl acetateとgeranyl acetateも経時的に大きく減少すること、また、ライム様の香気を有するα-terpineolやfencholなどが増加することがわかり、これまでに議論されてきた官能レベルでの香気変化の裏づけとなる結果が得られている(図9)。


先ほど述べたとおり、レモンフレーバーは香気変化が課題に挙がることも多く、フレッシュな風味を維持するためにはフレーバーを設計する上での工夫が必要になるため、この研究で得られた知見を生かしたレモンフレーバーが日々新たに生まれている。
レモンらしさをキープする研究
レモンフレーバーの安定性を向上するために多くの研究が進められている。当社では、蒸留や抽出などによりlimoneneやcitralを低減したレモン精油の開発やレモン様の香気を有する新規香気成分の探索、香気の安定性を高める植物由来素材の開発など、飲食品のレモンらしさを長期間維持できるようにフレーバーの品質を高めるべく多岐にわたる研究を進めている。
今回はそれらの研究の中から、当社研究から生まれたHASECITRONE®についてご紹介する。HASECITRONE®は当社が近年開発したスペシャリティケミカルで、citralに近い香気を有する新規⾹気成分である(図10)。


このHASECITRONE®はレモン以外の研究中に偶然みつかった成分で、citralに近いレモン様の香りであることから研究が始まった。研究を進めるうちに安定性が優れていることが明らかになったものの、工業的な合成が非常に難しいことが障壁となり開発中止も危ぶまれた素材である。工業化の課題を克服するため、特許第7258449号に基づく新規合成技術を開発した結果、HASECITRONE®の量産化が可能となり、現在、これを配合したレモンフレーバーが実用化されている。
HASECITRONE®はcitralと比較して酸性の水溶液中で高い安定性を示し、このHASECITRONE®を配合した飲食品では、保存後もレモンらしい風味を感じられるというメリットがある(図11)。


Limoneneやcitralを低減したレモン精油ではレモンらしさが失われてしまうという課題があったが、HASECITRONE®を組み合わせることで、よりレモンらしくより安定性の高いレモンフレーバーの開発も可能である。また、レモン精油のみを配合した飲料では長期保管によりフレッシュで爽やかなレモンの香りが弱まり薬品臭が目立ってくるが、レモン精油に加えてHASECITRONE®を配合した飲料では爽やかなレモンらしい香りが維持されて薬品臭も目立ちにくくなることがわかっている。
いくつもの検討を重ねて開発に至った、長期間レモンらしいフレッシュさを表現できるHASECITRONE®を配合したレモンフレーバーで飲料や食品の価値がさらに高まることを期待したい。
フレッシュなレモンの香りを
届けたい
歴史やその香りの特徴、最新技術について紹介したが、レモンはこれからも世界中で人々に親しまれ、多くの場面で活用されることが想定される。同様にレモンの香りがする飲食品の需要も拡大していくだろう。そんな未来に「このジュースのレモンの香りがめっちゃ好き」「フレッシュなレモンの香りでおいしいね」という声があふれることを願い、より安定で安心できるレモンらしさを突き詰めた香りを届けられるように研究開発に努めていきたい。

参考文献
- 1)Misitano, Vittorio. Lemon essential oil: world production, extraction methods and trading. Perfumer & Flavorist. 2000, vol. 25, p. 29-42.
- 2)トビー・ゾンネマン,高尾菜つこ訳.「食」の図書館 レモンの歴史.原書房,2014.
- 3)川久保篤志.瀬戸内レモン:ブームの到来と六次産業化・島おこし.溪水社,2018.
- 4)荒井綜一,小林彰夫,矢島泉,川崎通昭編.最新香料の事典.朝倉書店,2000.
- 5)Dugo, Giovanni.; Di Giacomo, Angelo. eds. Citrus: The Genus Citrus. Taylor & Francis, 2002.
- 6)川合俊司.レモンオイルとそのフレーバー.HASEGAWA LETTER.長谷川香料,2000, no. 12, p. 20-25.
- 7)Cotroneo, Antonella.; Dugo, Giovanni. et al. On the genuineness of citrus essential oils. Part XII. Characteristics of sicilian lemon essential oil produced with the fmc extractor. Flavour and Fragrance Journal. 1986, vol. 1, no. 3, p. 125-134.
- 8)長谷川香料株式会社.香料の科学 第2版.講談社,2024.
- 9)Charalambous, George. ed. Off-Flavors in Foods and Beverages. Elsevier. 1992.
- 吉本 忠司 よしもと ただし
-
長谷川香料(株)総合研究所フレーバー研究所
入社以来、技術研究所にて香料の形態化に関する研究業務に従事。その後、フレーバー研究所にて柑橘の基礎研究や各種フレーバー開発業務に従事。
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