HASEGAWA LETTER 2022 年( No.40 )/ 2022.07
OUR 技術レポート
SDGs 資源枯渇を防ぐ
新たな香料の役割
~代替肉を中心とする代替食品向け
香料素材の開発~
代替肉は植物性の原料で畜肉(牛、豚、鶏)様の食感・風味を表現したもので、日本では大豆ミートとして普及しつつある。それらは大豆たん白を主原料としているため、畜肉由来の香気成分が不足しており香料素材で補う必要がある。当社では牛肉、豚肉、鶏肉の香気分析を行い、大豆ミート向け香料開発を行った。また香りだけでなく、畜肉様と動物脂様の呈味付与、さらには大豆たん白由来の不快臭低減素材の開発も行っている。
世界で必要とされる
代替肉と代替食品
香料は以前から風味付与に加えて供給量の不安定な天然の食資源を補う役割の一端を担ってきた。天候の影響による価格変動が大きいバニラや香辛料、フレグランス用途のムスク香料がその代表的な例である。2015年、国連のSDGs採択後、日本で優先的に取り組む課題としてSDGs実施指針が策定された。香料も食資源の保護、枯渇防止へ備えるために、その役割はいっそう大きくなっている。
代替肉は主原料の多くが植物性であることから、人口増加に伴うタンパク質源の不足を補う手段として、食品業界を超えて幅広い業界が開発に取り組んできた。また、畜産業が環境に与える温室効果ガス排出や水不足の問題を解決する選択肢として、さらに環境に配慮されたヴィーガンや宗教的な背景をもった人々はもちろん、健康意識の高い人々の間にも代替肉は広がってきている。
食糧問題や栄養問題、環境問題など、さまざまな「課題」を解決するため、SDGsの目標や取り組みの一環として大きな役割を担う代替肉。長谷川香料でも貴重な食品原料の使用量を抑えることのできる香料素材の開発を進めている。
世界の中の代替肉・代替食品市場
代替肉市場で世界的な注目を集めているのが、畜肉の詳細な分析を基に開発している米国のBEYOND MEAT社と、大豆レグヘモグロビンで赤身肉の血をイメージする風味を再現しているIMPOSSIBLE FOODS社である。両社をはじめとする代替肉メーカーの高い技術によって開発された製品は、大手ファストフードチェーンやスーパーマーケットでの取り扱いにより市場を拡大した。
最近は牛肉だけでなく豚肉や鶏肉、さらには食物アレルギーの面からも需要のある乳や卵、環境変化がより顕著で海洋資源の枯渇として問題視されている魚介類の代替食品の普及も進んでいる。
こうした代替食品普及の背景には「本物の食材と見分けがつかない」と評価される見た目や食感開発の成功があるだろう。しかしながら、さらなる普及のためには「より自然で本物らしい風味」の追究は欠かせない。代替食品開発の難しさは、基本的に植物性原料で動物性原料の風味を再現し、さらに料理としての完成度を上げなければならない点であり、食品のおいしさに香料が貢献できる役割は大きい。
長谷川香料が本格的に代替肉向けの開発に取り組む機会となったのは、2018年3月に米国ジョージア州サヴァンナで開催された「Research Chefs Association Conference 2018」である。現地市場と当時の代替肉の現状を調査した。同調査がきっかけとなり代替肉市場への研究開発を本格化した。開発に取り組むにあたり、代替肉の代表商品「BEYOND BURGER」と「IMPOSSIBLE BURGER」を試食した。調理時に出てくる肉汁や漂ってくる香り、焼き加減で変化する肉の色など、本物の肉を調理して食べているような体験ができる代替肉商品であった。原材料表示を見ると両商品とも1.0%以上の香料素材が配合されているようである。香料素材が特徴的な肉様の風味付与だけでなく、植物性たん白由来の風味を抑制するという幅広い役割を担っていると推察された。
急速に広がる日本の代替肉市場
日本の代替肉は大豆たん白、特に粒状大豆たん白(脱脂大豆に水を加え高温下で圧力をかけ組織化させたもの)を主原料とする「大豆ミート」が中心で、多くのメーカーから市販されている。大豆ミートは用途によって硬さや大きさがつくり分けられ、小さい粒はバーガーパテ、大きめにつくられたものは焼肉タイプなどに利用され、多様化する日本人の食文化に合わせ多彩なバリエーションの加工品が生み出されている。小さくひき肉のように組織化された粒状大豆たん白は、以前からハンバーグの焼成時の焼き縮み防止等の目的で使用されるなど、畜肉加工品の品質向上を支えてきた素材である。ハンバーグやパテタイプの大豆ミートは、粒状大豆たん白を着味液で浸漬(しんせき)し、そぼろ状にして増粘剤や加工デンプンなどで結着させ成形するのが基本的なつくり方である(図1)。
粒状大豆たん白の国内生産量は2014年以降、年々2~4%増加している(図2)。ハンバーガーチェーンではヘルシーバーガーなどの発売が相次ぎ、大手畜肉加工品メーカーをはじめ各社が参入した2020年は100人当たりの大豆たん白訴求商品の購入金額が大幅に増えており、大豆ミート商品の発売に消費者が反応していることがわかる(図3)。
大豆ミートに対して消費者がどのような意識をもっているのかを調査するため、一般消費者を対象に「100%大豆たん白使用のハンバーグ、食べてみたいですか?」というアンケートを実施した(図4)。回答数1263のうち約70%が「食べてみたい」と回答し、ヘルシーなイメージと新しい食品に対する期待感が推察できる。一方で「食べたくない」と答えた人のコメントでは「以前食べたがおいしくなかった」「本物の肉を食べたい」という意見があった。大豆ミートが日本国内に、より浸透していくためには「よりおいしいもの」「本物の肉と遜色のないもの」を目指すことが必要で、そのためには「本物の肉と変わらない、天然感のある風味」が重要になると考えられる。大豆ミートの各種畜肉タイプに合わせた、また料理の特徴づけとなる風味付与に有用な香料開発により、代替肉商品普及に貢献することを目指すこととした。
代替肉に天然感を!
においのソリューション
大豆ミートの主原料である粒状大豆たん白の風味は、ここ数年で格段に向上しているが、いまだ豆感、穀物臭、乾燥臭、苦味、えぐ味といった食肉にはない不快臭(以下オフフレーバー)が感じられる。
代替肉向けに香料素材を活用するために、トップ~ミドル~ラストの風味のトータルデザインを考えることにした(図5)。まず、食前から食べ始めのトップインパクトと特徴付与を行うために畜肉系フレーバーでの肉様香気付与が必要となる。次に食べ進むときに感じる植物性たん白由来のにおいの低減、そして、本物の肉と変わらない天然感のある風味実現のために、自然な後味とコクを付与する肉様のフレーバーの必要性を考えた。
そこで代替肉商品向け香料素材の開発に向けて、①植物性たん白由来の風味抑制、②特徴的な畜肉の香り付与、③畜肉・動物様の呈味付与の3つに取り組んだ。
- ●粒状大豆たん白の特徴成分把握
- まず、粒状大豆たん白由来の風味を抑制する素材の開発と有効なフレーバーリングについての知見を得るため香気分析を行った1)。粒状大豆たん白をお湯で浸漬後、溶媒抽出、蒸留後に香気濃縮物を得てGC-MS(Gas Chromatography-Mass Spectrometry)測定(図6)、さらにAEDA(Aroma Extract Dilution Analysis)法により重要香気成分の探索を行った(図7)。
粒状大豆たん白の主要成分としては、hexanoic acidやacetic acidなどの脂肪酸をはじめ、maltol、hexanolが多く検出された。AEDAにより香気貢献度が高い成分として甘さに寄与するmaltol、4-hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone、sotoloneやチーズ様の2-または3-methylbutanoic acid、汗臭の4-methyl-(E)-3-hexenoic acidが見いだされた。そのほか、大豆の青臭さに寄与するhexanal、穀物感に寄与する(E,E,Z)-2,4,6-nonatrienal、油脂感に寄与する(E)-2-nonenalなどのアルデヒド類、4-methylphenol、2,3-diethyl-5-methylpyrazineが同定された。当社の知見として4-hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanoneなどの甘さに寄与する成分は牛肉の香気分析においても貢献度の高い成分として同定されている。一方、肉様香気を有する成分は粒状大豆たん白からは検出されなかった。以上の結果より、脂肪酸類やアルデヒド類の風味を抑制しつつ、肉感に寄与する成分を補っていくことが大豆ミートに効果的なフレーバーリングといえる。
- ●大豆臭を抑制するマスキング素材の開発
- 代替肉において粒状大豆たん白由来のオフフレーバー抑制の難しさは、食品中にある「特定の要素」ではなく「主原料自身の風味」を抑制しなければならない点にある。
当社は香料本来の役割である着香効果に加えて、風味改善効果に関する取り組みを行っており、加工食品の製造時にやむを得ず発生するオフフレーバーの原因成分を機器分析や官能評価を基に推定し、それらを選択的に抑制する素材、マスキングフレーバーを開発している。
粒状大豆たん白の官能評価を行ったところ、粒状大豆たん白のオフフレーバーの特徴は、口に入れた瞬間から感じる大豆臭と、咀嚼をすることで強く発現してくるえぐ味や苦味であることがわかった。当社の既存の不快臭抑制技術をスクリーニングしたところ、これらのオフフレーバーの抑制に有効な素材を見いだすことができた。このマスキングフレーバーを水溶性の形態にして粒状大豆たん白内に浸漬することで、効果をさらに持続させることが可能となった(図8)。
大豆ミートに有用な
各種畜肉系フレーバーの開発
- ●天然感あふれる高品質の肉感を求めて
- 大豆たん白の不快臭の抑制と同時に、次は本物らしい肉様のトップインパクトと特徴香気の付与が課題となる。「本物らしい肉感」を付与して最終的な品質に大きく影響を与えるのは調合香料である。
長谷川香料では天然物の詳細な香気分析と有機合成技術を活用して、天然感あふれる高品質な調合香料HASEAROMA®シリーズ( )の開発を進めてきた。HASEAROMA®シリーズはフルーツ、香味野菜、畜肉類、魚介類、乳製品など幅広く開発されている。ケミカル原料を主体にして風味を構築しているためいずれも動物原料フリーに対応することが可能であり、和牛肉、豚肉、バターや卵などの香りの開発は代替食品に十分に活用できる技術である。その中から唐揚げやナゲットタイプの大豆ミートにも需要がある「チキンの部位別フレーバー」を紹介する。
- ●チキン部位別の香気特徴の解明とフレーバー開発
- 鶏肉は部位ごとの風味に大きな違いがある。そこで各部位の特徴がはっきりと感じられた銘柄鶏の宮崎地鶏をローストし、もも肉、むね肉、皮に分けて官能評価を行った(図9)。
もも肉はアニマリック(獣臭さ)な香りや、血を感じさせるような赤身肉の香り、レバー感が強い。むね肉は、ツナ様の白身のイメージがあり、ホクホク・パサパサと身がほぐれるような繊維感が強い。皮は香ばしさや甘さ、油脂感が特徴であることがわかった。各部位の特徴を明確化した上で、フレーバー開発に着手するために、各部位を溶媒抽出、蒸留後に香気濃縮物を得て香気分析およびAEDAを行った(図10)。
全部位共通の重要香気成分として油脂感に寄与する(E,E)-2,4-decadienal、trans-4,5-epoxy-(E)-2-decenal、甘さに寄与する4-hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanoneが同定された。部位別では、もも肉の特徴成分として甘さに寄与する4-hydroxy-5-methyl-3(2H)-furanone、むね肉の特徴成分として肉感に寄与する3-mercapto-2-pentanone、皮の特徴成分として香ばしさに寄与するfurfuryl mercaptanが同定された。分析結果と官能評価を基にそれぞれの部位の特徴を表現した「HASEAROMA® ローストチキンフレーバー モモタイプ、ムネタイプ、カワタイプ」を開発した。
大豆ミートに鶏のもも肉やむね肉のような肉自身の風味を付与する場合は、フレーバーを水溶性にして粒状大豆たん白内部に浸漬させ、咀嚼するにつれて風味が発現するように調整した。香ばしい調理香を特徴とするカワタイプのフレーバーは油溶性にして、大豆ミートを口に入れる際に速やかに香気が発現するように調整した。多様化する鶏肉系大豆ミート商品の高品質化への貢献が期待される。
- ●大豆ミート向けに特化したフレーバーの開発
- 当社の牛肉、豚肉、鶏肉、各畜肉の脂などを表現した畜肉系HASEAROMA®シリーズは、粒状大豆たん白との相性を考慮し、油脂感の増強、大豆臭のマスキング効果がある原料の配合などの調整を行い、大豆ミート向けに各種畜肉や動物脂の風味を付与し、製品の目指す風味や目的に合わせて形態を調整することが可能である。
畜肉系の香気分析データを基に、コンビーフ、ハム・ソーセージ・焼豚、フライドチキン・唐揚げなど「畜肉加工食品」のフレーバーの開発も行った。畜肉や動物油脂を構成する各要素に寄与する香気成分を把握することにより、さらにさまざまな大豆ミート商品向けフレーバーの開発を行っている。
天然感を付与する動物性原料不使用の呈味付与素材の開発
代替肉をより天然の畜肉に近い風味を目指すためには、トップインパクトに加え、さらに肉様の呈味感、自然な後味とコクを付与することが必要である。加熱調理された食品は、素材そのものに含まれる成分と加熱などの調理により生まれる成分で成り立っている。加熱の際には特に糖とアミノ酸が反応するメイラード反応を軸として、油脂などの成分も加わって反応・分解を繰り返すことにより数百種に及ぶ香味成分が生成する。代替食品は動物性原料が加熱された際に生成する自然な調理感と味をもち合わせていないため、それらを付与することができる呈味付与素材は代替食品の本物らしいおいしさに重要な役割を担っている。
牛肉を例にとると、牛由来原料を使用せず牛風味を再現することは非常に難しいテーマである。そのため、いかに「らしさ」を強調できるかがポイントとなる。畜肉(牛、豚、鶏)にはそれぞれを識別する特有の加熱香気があり、その発現にはそれぞれの畜肉の脂が大きく関わっている。畜肉の脂の代わりに植物油を組み合わせて、脂肪酸組成を合わせ、さらに糖類、アミノ酸、畜肉に多く含まれるミネラル、ビタミンなどを加え、適切な条件で加熱反応し呈味成分を生成させることで、「畜肉らしさ」を表現できた。この手法で畜肉別だけでなく卵・乳フリー素材なども代替食品向けに開発し、プラントリアクト®としてラインアップ化している。
大豆ミートを
さらに満足感のある食品へ
動物脂由来の「コクやジューシー感」「脂の甘さ」は肉を食べた際の満足感に寄与し、特に日本人の動物脂への嗜好性の高さは、交雑脂肪(サシ)が多い和牛を好むことからも推測できる。大豆ミートの嗜好性を高めるためには動物脂様の風味付与は重要な課題である。当社では、油脂感・コク感強化の機能をもつ香気化合物の探索を数多く行っている。その中からバターの香気中に見いだした香気化合物に注目した。当社の酵素処理技術を用いてこの香気化合物を高含有する食品素材を開発し、コクジュワ®と名付けている。
- ●植物油脂由来の食品素材の添加効果
- コクジュワの大豆ミートへの添加効果を検証するため、①大豆ミートのみ(コントロール)、②コクジュワ賦香品、③ギュウシフレーバー(牛脂様の香りをケミカル原料で再現したフレーバー)賦香品、④コクジュワ+ギュウシフレーバー賦香品、⑤比較対象として、大豆ミートの原材料として配合されている植物油を天然の牛脂に変更した添加品、この5つに対して当社フレーバリストで構成された専門パネル(評価者)で官能評価を行った(図11)。
官能評価の結果から特筆すべき点としては、コクジュワにギュウシフレーバーを併用した際の効果である。ギュウシフレーバーとコクジュワ単独使用時よりもコクやジューシー感の増強効果が上がり、その増加幅は牛脂そのものを配合した大豆ミート相当である。香りだけなく呈味も付与したことで、より自然で本物に近い牛脂感を付与できた結果である。
官能評価の結果から主成分分析を行い、その結果を風味マップとして示した(図12)。コントロール(①)が最も左側にマッピングされているのに対して、牛脂添加品(⑤)は右側にマッピングされた。一方、コクジュワ単独賦香品(②)とギュウシフレーバー単独賦香品(③)は、コントロールよりも右側に、コクジュワとギュウシフレーバー併用品(④)はさらに右側にマッピングされ、コク、うま味、甘味、油脂感、ジューシー感が上昇し、牛脂添加品(⑤)に近づいたことが示された。
- ●代替肉においしさを!効果の可視化
- 当社では、開発素材の効果感を別の視点から可視化するために、「呼吸・心拍計測等を伴う時系列官能評価法」による「摂食行動シーン・ダイアグラム」の作成を行っている。この評価方法は呼吸・心拍等の生理応答計測と評価者の感情の生起を計測する時系列官能評価法を組み合わせ、食事での「おいしさ」などの感情生起のタイミングを測定する当社が独自に開発した新しい方法である。
*「呼吸・心拍計測等を伴う時系列官能評価法」の詳細は「付録」を参照
代替肉の「おいしさ」を可視化するために、大豆ミートのコントロール(以下コントロール)と、コクジュワとギュウシフレーバーの併用品(以下添加品)を用い、「呼吸・心拍計測等を伴う時系列官能評価法」による評価を行った(図13)。
それぞれを食べた際の口入れから第一嚥下までの時間に着目すると、添加品の方が短くなっていることが観察された(図13橙矢印)。さらに添加品は、咀嚼・嚥下に伴う心拍間隔(RRI:R-R Interval)の連続短縮の期間が短く、安静時レベルのRRIまで速く到達していた。それに対しコントロールでは、RRIの連続短縮の期間が長く、安静時レベルまで戻るのに長い時間を要することが観察された(図13緑矢印)。また、どのタイミングで「おいしい」「おいしくない」などを感じたかを観察する時系列官能評価においては、添加品は大豆臭のネガティブな評価も見られるものの、全体的にはポジティブな評価(〇印)が多かったのに対し、コントロールは全体的にネガティブな評価(◇印)が多かった。以上の結果より、評価者がコントロールよりも添加品が好ましいと判断したことで嚥下判断が速くなり、また食行動により高まった緊張が安静時レベルまで戻るのが速くなったと確認された。このように、通常の官能評価だけではわからない、言語化が難しい複合的な要素に対する生理的な反応を測定し、大豆ミート向け素材の添加効果の可視化や訴求力の向上を進めている。
代替食品向け素材の
探求と開発を目指して
代替肉をはじめ代替食品を普及させるためには、自然な畜肉の風味を忠実に再現するだけでなく、大豆ミートに必要な肉感、日本人の嗜好性に合った食感や風味を追究していくことが重要だと感じている。また、食品メーカーや消費者のニーズ、市場の現状把握とそれに応じた香料素材の開発も必要である。
SDGsに関連する取り組みに対して、資源枯渇を防ぐ新たな香料の役割を踏まえ、引き続き香料素材の高品質化により代替食品の普及に貢献していきたい。
付録:呼吸・心拍計測等を伴う時系列官能評価法
「呼吸・心拍計測等を伴う時系列官能評価法」は、呼吸・心拍等の生理応答計測と評価者の感情の生起を計測する時系列官能評価法を組み合わせ、食事での「おいしさ」などの感情生起のタイミングを測定する当社開発の新しい方法である2)。呼吸はにおいを感知する際に重要な要素として、心拍は、咀嚼・嚥下行動の影響を含む自律機能の変化を測定している。
一般的に、食物を食べたときの「摂食行動シーン・ダイアグラム」では、食物を口に入れ、咀嚼・嚥下行動が始まると心拍間隔(RRI)は急激に短縮し、食物を完全に嚥下した後、RRIの急速な延長が見られ安静時レベルにまで戻るという、共通した変化が観察される(参考図1)。これは、大脳が飲食品の風味認識を基にした行動判断(嚥下するか吐き出すか)をするために緊張が高まり続ける状態(RRIの連続短縮)になり、食物嚥下後にその緊張から急速に解放されるためであると推測している。
次に、好ましい風味の食品と好ましくない風味の食品の「摂食行動シーン・ダイアグラム」を比較すると、好ましい食品では、好ましくない食品に比べ口入れから第一嚥下までの時間が短く、嚥下判断のスピードが速くなること、さらに咀嚼・嚥下に伴うRRIの連続短縮の期間が短く、安静時レベルのRRIまで速く到達することがデータとして示された。これらの結果から、「摂食行動シーン・ダイアグラム」により食品のおいしさの客観的な計測が可能となり、「おいしい」飲食品の開発につながるものと考えている(参考図2)。
参考文献
- 1)
小林宏成,細貝知弘,井辺恵,宮沢紀雄,石崎亨.大豆タンパクの特徴香気成分に関する研究.第64回香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会(TEAC)講演要旨集.2020.(ベストプレゼンテーション賞受賞) - 2) 飯泉佳奈,森憲作.おいしさが生まれるタイミングを測定する-摂食行動シーン・ダイアグラム-.日本味と匂学会誌.2021, vol. 28, no.
2, p. 61-65.
- 細貝 知弘 ほそがい ともひろ
-
長谷川香料(株)総合研究所フレーバー研究所
フレーバリスト。入社以来フレーバー分析部門、抽出部門を経て、セイボリー系フレーバー開発とアプリケーション開発に従事。
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