検索記事一覧『香り・におい』

カオリ to ミライ

昆虫が教えてくれる匂いの世界
~嗅覚のしくみに倣った匂いセンシング技術~

東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
光野秀文

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< 3分でわかる解説 > 昆虫が教えてくれる匂いの世界
 われわれが生きている環境中には実に多様な“匂い”がただよっている。そのような環境でも昆虫は、匂いをたよりに餌を探し、メスを見つけ、危険を察知する。昆虫も人間や哺乳類と同じように、“嗅覚”をもっているのだが、そのしくみは哺乳類とは少し異なる。昆虫は匂い分子を結合する部位とそのシグナルを細胞内に伝える部位が一体型の嗅覚受容体をもち、匂い分子に瞬時に応答できるしくみを備えている。昆虫の嗅覚受容体のしくみを人工的に再現することができれば、昆虫のように自由自在に環境中の匂いの世界を感じることができるに違いない。このような夢を描きながら、われわれは昆虫の嗅覚を活用したセンシング技術の開発を進めている。
 これまでに、昆虫の嗅覚を活用することで、昆虫が異性交信に使う性フェロモンだけでなく、カビの匂いや花の香り、ヒトの体臭などさまざまな匂いを検出するセンシング技術の開発が可能となってきた。現在ではこれらの技術を活用して、現場でのカビ臭検査や混合臭の識別も可能となりつつある。将来、農作物や食品の品質管理から、害虫管理、人命救助にいたるさまざまな場面で昆虫の嗅覚を活用したセンシング技術の活躍が期待される。

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  • 2024年 (No.42)
  • カオリ to ミライ

OUR 技術レポート

香りの可能性
―空間における抗菌作用
~総菌回収法の紹介~

長谷川香料(株)総合研究所
富 亜希子

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< 3分でわかる解説 > 香りの可能性
―空間における抗菌作用
 長いコロナ禍を経て、より快適な空間や住環境を求めて注目されるようになった「空間における抗菌性や抗ウイルス性」。空間抗菌性を謳った数々の製品を見かけるようになったが、実はその評価方法に公定法はなく、周知の方法はいずれも非常にあいまいで定性的であるという問題を抱えている。この問題を解決すべく、当社においても香料の空間抗菌性評価系について試行錯誤した結果、「総菌回収法」の開発に至ったので紹介する(2024年5月時点、特許出願中)。
 この方法は、空間における抗菌性を定量的に評価できることから、これまでの見た目での評価では「同等」と判定されていた結果であっても、比較評価が可能となった。これにより当社の空間抗菌性の研究は加速し、説得力のあるデータとともに、空間抗菌性のある調合香料をスピーディーに顧客に届けられるようになった。今後も香料の研究を通じてよりよい社会の実現に貢献していきたい。

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  • 2024年 (No.42)
  • OUR 技術レポート

社会の中の香り

植物をめぐる話
~小石川植物園から見てきたこと~

東京大学大学院理学系研究科附属植物園育成部技術職員
山口 正

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< 3分でわかる解説 > 植物をめぐる話
 小石川植物園は、戦後の1960年頃からアジアの野生植物を中心に多様で希少な植物を収集し栽培を行ってきました。温室で行っている小笠原諸島の絶滅危惧植物の繁殖と栽培方法の研究もその一つになります。温度管理のできる室内環境を利用して熱帯や亜熱帯の野外では繁殖できない植物の栽培と研究を行っています。温室では、高温で湿潤な環境を好む植物や乾燥した砂漠のような環境も疑似的に作り出し特殊な環境に適応した植物を栽培することもできます。2019年に新設された公開温室には、冷温室が追加され涼しい環境を好む高山植物等の栽培もできるようになりました。植物園で勤めると特殊な環境を生きる植物の栽培を経験することになります。植物園に勤めて最初に担当したのは温室の植物になります。見たことも触れたこともない熱帯の奇妙な植物だらけで、園芸高校で学んだ知識などほとんど通用しませんでした。一から学ぶつもりで植物や温室施設の管理を学び、2年目からは、分類標本園の整備と管理作業で約600種の野生植物の栽培と管理を任されました。毎日生態のわからない植物を図書館で調べ、知識を得るために植物園協会の研修に参加して栽培技術を学び植物の繁殖地へ出かけて栽培方法を身に付けていきました。分類標本園は、大学の学生が植物研究の基本を身に付ける実習・実験施設なので、科学的な植物分類の検討が進むと時代ごとに分類方法が変化しそれに伴い分類標本園の植物の植栽位置も変化します。私の担当していた1980年頃にはエングラーの分類体系(形態的特徴を基に分類する方法)を利用していましたが、9年間担当した後期には、『日本植物誌』(大井次三郎著)の分類方法と当時の最新のDNA解析で明らかとなった分類方式を混用して展示していました。現在は、植物をDNA解析したAPG分類体系が主流となっており近年の植物図鑑ではこの配列が主流となっています。小石川植物園では、数年前からAPG分類に対応すべく植物ラベルの変更や分類標本園の植栽位置の変更に取り組んでいるところです。
 分類標本園整備が一段落ついた頃、樹木園係への異動が決まり植物園全体の樹木を管理する係になりました。最初に取り組んだのは、樹木園全体を掌握する作業で園内にどのような樹種がどこにあるのかを確認する作業でした。植物園には「植物導入リスト」と「植栽図」があったのでそれらを使い樹木の確認作業を行いましたが植栽図が目測で作られていたので測量誤差が大きく現物確認には至りませんでした。園内の植生状態を適切に掌握するために簡易測量を行い正確な植栽図を完成させました。その後、植栽図と栽培リストを基にパソコンで植栽場所を確認できる「東京大学理学部附属植物園 植栽分布記載システム」(1997年)を㈱システムハーツと共同で作成して、植物の栽培確認が誰でも容易にできるようにしました。
 1989(平成元)年には、東京大学理学部附属植物園植物園植栽検討委員会の答申を受けて植物園全体の植栽配置の見直しが始まり、「東アジアの野生植物の保全」「絶滅危惧種の繁殖のための研究」などのテーマに沿って植物園全体での植生改良が進められました。ここでは植物園での様々な経験の中で体験した物事や植物の香りにまつわる話題や植物を取り巻く環境の問題について話してみたいと考えております。

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  • 2024年 (No.42)
  • 社会の中の香り

OUR 技術レポート

発酵がもたらす香り
~微生物がつくる味噌のかぐわしい香気~

長谷川香料(株)総合研究所
小山彩香

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< 3分でわかる解説 > 発酵がもたらす香り
 味噌は日本人の食生活に欠かせない食材である。独特な香りをもつ味噌だが、原料である大豆や麴には味噌のような特有の香りはない。そもそもは香りの少ない原料に、麴菌・酵母・乳酸菌といった微生物の働きが加わることによって初めて、味噌らしい香りができあがるのである。
 味噌には原料によって米味噌、麦味噌、豆味噌と種類があるが、その中でも米味噌には甘味噌から辛口味噌までバリエーションが豊富にある。原料の種類は同じでも、配合バランスや熟成期間の長さ、関わる微生物の種類によって、できあがりの風味が変わる。
 例えば、白味噌が甘いのは、米のデンプンが麴菌により分解され、主にブドウ糖が生成するからである。熟成期間の長い味噌は、生成したブドウ糖が発酵によって減るため、甘さが減っていく。また、味噌の香りの重要成分である4-hydroxy-5-ethyl-2-methyl-3(2H)-furanone(以下HEMF)は、白味噌からは検出されず、数カ月しっかり発酵させる赤味噌にだけ含まれる。白味噌と赤味噌を比較すると風味の特徴がまったく違うが、赤味噌にある「味噌らしさ」を決定づける重要香気成分の一つがHEMFなのである。ほかにもさまざまな香気成分・呈味成分が微生物の関わりによってつくり出され、味噌の風味ができあがっている。
 海外でも、健康面でのメリットや使いやすい風味特徴の日本の味噌は注目されてきており、原料である大豆の調達や品質には今後課題が出てくることも予想される。味噌の代替素材開発は今後いっそう求められるようになるのではないだろうか。

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  • 2024年 (No.42)
  • OUR 技術レポート

OUR 技術レポート

和の香り「クロモジ」
~日本固有の植物 
その清々しく気品ある香りを追求~

長谷川香料(株)総合研究所
宮島良子

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< 3分でわかる解説 > 和の香り「クロモジ」
 「クロモジ(黒文字)」学名Lindera umbellataは、クスノキ科クロモジ属の落葉低木である。茶道をたしなむ方ならなじみがあるかもしれないが、和菓子に添えられる高級楊枝に枝が利用され、楊枝自体もクロモジと呼ばれる。日本の固有種であり、かつては盛んに精油が採られせっけんなどの香りづけに用いられていたことから、近年では和ハーブ・和精油の一種として香りにも再び注目が集まっている。
 実際にクロモジの楊枝を使用すると、控えめでありながらもほかの楊枝にはない清々しく気品のある香りが和菓子の風味を引き立てるように感じ、強く興味を惹かれた。この体験をきっかけに、クロモジの特徴香を把握するべく研究に着手した。また、クロモジは日本各地で古くから利用されており、その歴史をひもとくと、今でこそ香りによるリラックス効果や抗菌などさまざまな生理活性が検証されているが、当時の人々はクロモジの効能を経験的に見いだしていたのではないかと思われる部分もあり、研究内容と併せて紹介したい。
 精油については種々の研究が行われているが、本研究ではクロモジの特徴香をより強く感じた楊枝と採取したての新枝について香気分析から香りの再現までを行った。開発したクロモジの香りを通じ、ヒノキやクスノキにはない新たな魅力をもつ日本の木の香りとして、あらゆる人々に広くクロモジの魅力を伝えていきたい。

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  • 2024年 (No.42)
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OUR 技術レポート

健やかな素肌を保つ革新的スキンケア
~多価アルコール法を用いたサイズ制御
リポソームの調製~

長谷川香料(株)総合研究所
越知貴夫

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< 3分でわかる解説 > 健やかな素肌を保つ革新的スキンケア
 最近何かと話題のリポソーム。化粧品のうたい文句として、目にする機会が増えてきたように感じる。リポソームとは、生体膜と同様の成分でつくられたナノサイズのカプセルで、医薬品・化粧品・食品などに使われているものである。リポソームを用いた化粧品では、美容成分の効果感を高め、肌バリア機能の補強、高保湿性、「しっとり」と「さらさら」を両立した 魅力的な使用感といった数々のメリットが生まれる。しかし、これらの機能発現のメカニズムについてはまだわかっていないことが多い。またリポソームは製造する際に複雑な工程と高い技術を必要とすることから、どちらかというと高級な製品向けの製剤技術として認識されていた。
 私たちが開発したリポソーム技術は、界面活性剤などの副原料を必要とせず、特殊な装置を使わずに安定性の高いリポソームを調製できることが特徴である。今回の検討では、リポソームの調製プロセスを検証することで、同一組成でありながら、リポソームの粒径を制御できることを見いだした。さらに粒径の異なる試料を実際に肌に塗布し、粒径の大小で肌に感じる感触が異なることを確認した。今回の検討により、使用目的に合ったタイプのリポソームを簡便に調製することができる可能性が示されたと考える。
 私たちは開発したプレリポソーム製剤をNANOLYS®と名付け、長谷川香料の製品としている。NANOLYS®は、単独で、肌バリア機能の改善や抗炎症作用といった敏感肌に最適な有効性をもつ高機能なリポソームを簡便に調製できることが特徴である。スキンケア・ボディケア・ヘアケア製品など、幅広い化粧品に応用可能なことから、より多くの肌悩み、毛髪悩みを抱えている方のお役に立てることができれば幸いである。

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  • 2023年 (No.41)
  • OUR 技術レポート

自然科学香話

赤ちゃんの匂いと体臭の不思議
~幸せなコミュニケーションをもたらす身近な香りのはなし~

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻生物化学研究室特任助教
白須未香

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< 3分でわかる解説 > 赤ちゃんの匂いと体臭の不思議
 人間にとって嗅覚は、視聴覚の発達に伴いとかく軽視されがちな感覚です。しかし、一方で、私たちは、自分たちをとりまくあらゆる生活場面において、香りが愛おしさや心地よさをもたらすことや、記憶と深く結びついていることも知っています。昔、あるワークショップで、輪になって座ってもらった20人のお母さんの周りを目隠しした小学生が歩いて回り、自分のお母さんを匂いだけで当てられるかというアクティビティをしました。するとほぼすべての子供が、自分のお母さんを探し当てることができました。最新の科学研究の世界でも、男性が排卵期の女性の香りを好むことや、子供を産んだ女性が新生児の着た産着の匂いを快く感じ、さらに脳内の報酬系に関わる領域が活性化されるということが明らかになっています。つまり、私たちは最も身近な匂いである体臭を知らず知らずのうちにコミュニケーションのツールとして使っているのです。
 東京大学大学院農学生命科学研究科生物化学研究室では、人と人のコミュニケーションを豊かにする香りの探究を行っており、そのキーとなる成分が体臭にあるのではないかと仮説を立ててさまざまな研究を進めています。最新の研究では、世代を問わず多くの人がほっとすると答える“赤ちゃんの匂い”を特定し、その匂いを嗅ぐことでお母さんの愛情ホルモン(オキシトシン)が上昇することが分かりました。これは、赤ちゃんの体臭中の特定の成分が母子間コミュニケーションに果たす役割を世界で初めて明らかにした重要な知見といえます。このように、ヒトが本来持っている体臭の中から、私たちがポジティブになる香りを見いだすことができれば、香害や化学物質過敏症といった問題を気にすることなく、その香りを空間の香りデザインや香り製品に用いることができると期待しています。

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  • 2023年 (No.41)
  • 自然科学香話

カオリ to ミライ

五感からの幸せ
~感覚を研ぎ澄ますと“みえて”くる
豊かな世界~

(一社)ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事
志村季世恵

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< 3分でわかる解説 > 五感からの幸せ
 ダイアログ・イン・ザ・ダーク 。暗闇の中での対話という意味である。漆黒の暗闇の中では、視覚以外の感覚が研ぎ澄まされるために普段よりも感覚の拡張が起きる。足裏には触感が伝わり、音や香りに集中していくと実に豊かな世界へと導かれる。暗闇を案内する人たちは、視覚障害者。彼らの頭の中には地図がある。それは平面の二次元でなく、立体的な三次元の地図だそうだ。その地図に聴覚、触覚、嗅覚を合わせて駆使しながら外を歩く。五感をバランスよく使うことで、感じる力も高まる。時には手のひらにある画面から目を離し、視覚に頼る生活を見直して五感を育む時間を作ってはどうだろう。

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  • 2023年 (No.41)
  • カオリ to ミライ

OUR 技術レポート

クロワッサンの世界
~食感と香りがもたらす幸福感~

長谷川香料(株)総合研究所
高橋光輝

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< 3分でわかる解説 > クロワッサンの世界
 クロワッサンはオーストリア・ウィーンで誕生し、それがフランスに渡り、現在の形に進化を遂げた。そんなクロワッサンであるが、今や、日本中どこに行っても食べることができるくらい、日本人にとってもなじみ深いものとなっており、人々を魅了している。
 「クロワッサン」について皆さんはどのようなものをイメージするだろうか。一枚一枚の美しい層が特徴的な見た目やつい手に取りたくなるようなおいしそうな焼き色。一口噛めば、外側はサクサク、ホロホロ、内側はしっとりとした食感と口いっぱいに広がる、バターのジュワッと感じるほどの濃厚な味わいや芳醇な香り、そこからくる贅沢感…。私は、クロワッサンにはこのように五感を刺激するおいしさがあり、そこが人々を魅了し、食べる人に「喜び」や「幸せ」をもたらす要因になっていると考えている。
 では、クロワッサンのおいしさはどのようにつくられるのか? 今回は、おいしさの要素として重要な「食感」と「香り」に着目し、クロワッサンの製造工程を見ていった。まず、クロワッサンはパンのように発酵工程を経ることで、しっとりとした食感や風味、香りがつくられる。また、パイのように油脂を折り込むことで、バターなどの油脂の芳醇な香りと味わいが生まれる。さらには、焼くことで製品の形や美しい層のある見た目、心地よい食感、甘香ばしい香りが生み出される。製造工程の相乗効果により、クロワッサンのおいしさとなり、人々を魅了する製品になっていることが考えられる。
 ベーカリーの店頭には、さまざまなクロワッサンが売られており、つくり手のこだわりを強く感じることができる。皆さんも、これを機に自分の好みのクロワッサンを探してみては? また、昨今の世界的な情勢を考えると、ストレスを感じることが多い。こんなときだからこそクロワッサンを食べることで幸せを感じてみてはどうだろうか。

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  • 2023年 (No.41)
  • OUR 技術レポート

OUR 技術レポート

心が喜ぶ香り
ラベンダーのリラックス効果
~嗜好性を考慮した心理的リラックス効果の可視化~

長谷川香料(株)総合研究所
四宮功貴

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< 3分でわかる解説 > 心が喜ぶ香り ラベンダーのリラックス効果
 「香り」は心理面からの解決策の一つになると考えられる。特に、「ラベンダーの香りを嗅ぐと気持ちがリラックスする」といったイメージをもつ人も多い。しかしながら、たとえ同じ香りであったとしても、嗜好性の違いにより嗅いだときの印象を心地よく感じる人もいれば、不快に感じる人もいる。リラックス効果を追究するには、香りの嗜好性を考慮することが重要となる。そこでラベンダー精油のリラックス効果をより詳細にすることを目的に、ラベンダー精油の香りの嗜好性に着目した場合のリラックス効果を検証することにした。
 ラベンダー精油の香りを嗅いだ際の心理的リラックス効果を鼻部皮膚温度計測により可視化した。ラベンダー精油の香りを嗅いで、心理的リラックス効果を得るためには、その香りを好きであるという前提条件が必要であることがわかった。また、当社独自のツールであるAroma Rainbow®を用いて、ラベンダー精油の香りに合致する色を選択させたところ、ラベンダーの香りが好きな人は明るい紫を、嫌いな人は暗い紫を選ぶ傾向にあった。香りの嗜好性と心理的なリラックス効果などを可視化することで、香りのイメージと効果を一致させることが可能となり、消費者が「また購入したい」と思えるような、真に満足するモノづくりに貢献できると考える。

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  • 2023年 (No.41)
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社会の中の香り

おいしい料理
~料理人が追い続ける幸せの香り~

長谷川香料(株)総合研究所コーポレートシェフ
石川宏二

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< 3分でわかる解説 > おいしい料理
 「おいしいものを食べると幸せを感じる」と、皆さんよくおっしゃいます。生理学的には、血糖値の上昇で満腹中枢が刺激されるからとか、さまざまな脳内物質が分泌されるからなどの説明がいろいろなされているようです。しかし、料理を作る立場からすると、それだけでは解決できないものがあるように思います。
 皆さんはどんなものを食べたときに「おいしい!」と感じますか? 食べ慣れたものを食べたときですか?
まったく新しい味の食べ物に出会ったときですか?
子どもの頃によく食べたものに再会したときですか?
大好物のお菓子や料理?
SNSで評判になったもの?
 「おいしい!」という言葉にはきっとその人その人のいろんな想いが詰まっているのだと思います。料理人の私は、自分の目指すベストの味まで仕上げた料理をお出しします。召し上がっていただいた方から「おいしい!」という言葉が引き出せるかどうか、そこには食べる側と作る側のせめぎ合いがいつもあるのかもしれません。
 「おいしい料理」とは何なのか、「おいしい料理」がなぜ幸せ感につながるのか、ここでは料理人の視点から考えてみました。
 もちろん、決して簡単には答えが出ない問いであるとわかりつつです。

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  • 2023年 (No.41)
  • 社会の中の香り

カオリ to ミライ

香りとアート
~なつかしい香りが開く記憶の扉、
アートが拓く未来の社会~

嵯峨美術短期大学准教授 / Perfume Art Project代表
岩﨑陽子

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< 3分でわかる解説 > 香りとアート
 高齢社会に香りのアートはどのような役割を果たすことができるだろうか。
 私はアロマのような香りの身体への直接的効能ではなく、香りのアートによるQOL向上のための感情喚起を目指している。特に人生においてさまざまな経験をくぐり抜けてきた高齢者にとっての「なつかしさ」に注目し、空間づくりやゲーム開発を実施している。
 最近の神経科学や認知心理学では、香りが単体で嗅ぎとられているのではなく、その場の状況を含むコンテクストや、学習によって価値づけられた主観性と共に感じとられるとされている。嗅覚が視覚よりも主観性に左右されるなら、個人の感情や記憶を呼び覚ますためにアートの力が有効であると考えられる。アートは個人的な感情を、表現によって多くの人の共感へと拡げることができる不思議なツールだからである。香りのアートによる一つの作品が、多くの人の個別のなつかしい記憶の扉を開くことを目指している。

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  • 2022年 (No.40)
  • カオリ to ミライ

OUR 技術レポート

ジャスミンの香りの
多様性と可能性
~ジャスミン3種の香気分析~

長谷川香料(株)総合研究所
山際浩輝

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< 3分でわかる解説 > ジャスミンの香りの多様性と可能性
 ジャスミンの香りは三大フローラルノートの一つに数えられるほど魅力的なもので、ローズとともに最も好まれ頻繁に使用される香料素材として知られている。ジャスミンの花の香りを有機溶媒で抽出したジャスミンアブソリュートは、天然香料としてなくてはならないもので、香水をはじめさまざまなフレグランス製品に使用されてきた。ジャスミンアブソリュートはジャスミンの濃厚で力強い香りを表現できるが、実際に咲いているジャスミンの花の香りとはかなり異なる。今回私たちは、ジャスミンの花のフレッシュかつ優美な香りに魅力を感じ、それを再現した香料の開発を行うため、生きたジャスミンの花の香気を分析することとした。また、ジャスミンには香りの異なるさまざまな品種があり、品種によって異なる香気特徴を解明することで、より幅広い嗜好性やニーズに対応した香料開発が可能となる。
 本研究では、香りの異なるジャスミンの品種として、ジャスミンアブソリュートの原料となる“ソケイ”、ジャスミン茶の香りづけに使用される“マツリカ”、観賞用として人気の高い“ハゴロモジャスミン”の3種のジャスミンを分析し、それぞれの魅力的な香気特徴を把握した。

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  • 2022年 (No.40)
  • OUR 技術レポート

OUR 技術レポート

SDGs 資源枯渇を防ぐ
新たな香料の役割
~代替肉を中心とする
代替食品向け香料素材の開発~

長谷川香料(株)総合研究所
細貝知弘

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< 3分でわかる解説 > SDGs 資源枯渇を防ぐ新たな香料の役割
 畜産業が環境に与える影響や世界的な人口増加、食肉消費量の拡大とタンパク質不足問題への関心の高まりに加え、近年の健康志向もあり、日本でも代替肉商品である大豆たん白を主原料とした大豆ミートの普及が進んでいる。長谷川香料ではSDGsへの取り組みの一環として大豆ミート向けの香料素材開発を進めてきた。従来の畜肉加工食品では畜肉の風味を生かしつつ、よりおいしくするために調理感やスパイス感の付与、さらに加熱工程で生じる不快臭(オフフレーバー)を選択的に抑制するために香料が使用されてきた。大豆ミートは主原料が大豆たん白であるため、畜肉本来の香りと味がなく、食肉にはないオフフレーバーがあることから、香料により多くの役割が求められている。その中で、大豆たん白臭の抑制、特徴的な畜肉の香り付与、畜肉・動物脂様の呈味付与に注目して開発を進めた。
 大豆たん白の香気分析を行い、大豆たん白臭に寄与する香気成分を同定した。その結果を基に各成分に有効な素材を組み合わせて、オフフレーバーを抑制する素材、マスキングフレーバーを開発した。長谷川香料では牛肉や豚肉、鶏肉、動物脂の詳細な香気分析と有機合成技術を活用して、高品質な調合香料HASEAROMA®シリーズの開発も進めている。この技術と知見を活用し動物性原料を使用することなく、各畜肉タイプに加えて唐揚げ、ハムなど畜肉加工品タイプの大豆ミート向け香料を開発している。
 香りだけでなく呈味の付与も大豆ミートの高品質化には欠かせない。そこで糖、アミノ酸、脂肪酸などを畜肉の特徴に合わせ配合し加熱によりメイラード反応を促進することで、調理感のある畜肉の風味と呈味を付与するプラントリアクト®を開発した。また日本人の和牛に対する嗜好性の高さに代表されるように、動物脂由来の「コクやジューシー感」「脂の甘さ」付与も重要になる。そこで香気分析より見いだされた動物脂のコクに寄与する香気成分を高含有する動物脂様呈味付与素材コクジュワ®の開発に成功した。これらの各素材を組み合わせることで、大豆ミートの食べ始めから咀嚼、飲み込むまで持続する畜肉様風味を付与することが可能になる。
 長谷川香料では、素材開発だけでなく「香料素材の添加効果の見える化」にも力を入れている。最新の評価技術を活用して、大豆ミートへの香料素材の添加効果を可視化することで訴求力向上を進めている。

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  • 2022年 (No.40)
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OUR 技術レポート

バイオ技術を用いた
セスキテルペノイド合成法
~鉄還元酵素と鉄キレート触媒の
組み合わせによる新規合成法~

長谷川香料(株)総合研究所
梅澤 覚

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< 3分でわかる解説 > バイオ技術を用いたセスキテルペノイド合成法
 セスキテルペノイドは天然に存在する化合物群の一種で、グレープフルーツの香りを特徴づける(+)-nootkatoneや、黒コショウやシラー種ワインの香りを特徴づける(−)-rotundoneなどの化合物がこのグループに属している。これらは非常に少ない量でフルーツやスパイスなどの天然物の香りを表現できる有用な香気化合物であるが、天然に存在する量が限られるため、工業的な利用には合成手法の確立が重要になる。
 そのような状況の中、われわれは鉄還元酵素と鉄キレート触媒を組み合わせた、セスキテルペノイドの新規合成法を開発した。この手法が従来の酵素合成法と異なる点としては、基質選択の自由度が大きく向上したことが挙げられる。一般的な酵素反応の場合、反応は酵素内部の空間で進行するため、その空間に形状がマッチした基質のみで反応が進行する(基質特異性)。そのため、目的の酵素を探し出すためには数多くの候補をテストする必要があり、時間と労力を要する場合が多い。
 これに対して今回新しく開発した反応系では、酵素の中心構造をモデルとした鉄キレート触媒が酵素の外側で反応するため、基質特異性の制約を回避することができる。そしてその鉄キレート触媒は鉄還元酵素によって活性化されるが、そのエネルギー源には糖を利用する循環型の反応システムとなっており、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)の理念に合致したモノづくりを目指すことが可能となった。
 近年の香気分析技術の向上によって、セスキテルペノイドを一例とした微量香気成分の発見事例が増えてきている。有用な微量香気成分を活用することで、香料としての品質を高め、優れた製品を提供できるようになるため、その工業的な需要は今後も高まることが予想される。酵素合成法はまだまだ新しい手法を模索する段階にあることが多いが、今回のような研究を続けて知見を積み重ねることで、酵素合成法を利用できる場面は増えていくものと思われる。バイオ技術の最新動向に注目しつつ、酵素や発酵を用いた香気化合物の製法開発にこれからも努めていきたい。

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  • 2022年 (No.40)
  • OUR 技術レポート

社会の中の香り

サステナブルで香り豊かな
社会を目指す
~香料業界のSDGsへの取り組み~

日本香料工業会IOFI特命委員
大木嘉子

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< 3分でわかる解説 > サステナブルで香り豊かな社会を目指す
 私たちの身の回りにはさまざまなにおいがあり、朝起きてから、夜寝るまで香りに囲まれて生活しているといっても過言ではない。菓子や飲料などの加工食品、せっけん、シャンプー、洗剤などの家庭用品には香料が使用されており、香りによって生活に彩りが添えられている。
 香料は、植物や果物など自然界にある原料からつくられ、最終商品(加工食品や家庭用品)に使用されるまで長い道のりをたどる。その間、あらゆる場面においてSDGsに掲げられた課題と直面している。例えばアイスクリームに使用されるバニラ香料の原料であるバニラは、アフリカなど気候変動の影響を受けやすい地域で栽培されている。このような原料を調達する際には、栽培農家に対する支援を通じた地域社会経済への配慮が必要になる。
 一方、天然原料を枯渇させないために、石油をはじめとする安定供給が見込まれる原料から化学的に合成された香料化合物バニリンを用いるという選択肢もある。バニリンはバニラのにおいの主成分で、合成されたものも天然から抽出されたものも、化合物としては同等といえる。香料で使う合成原料は、安全性を確かめた上で規制を守って使っていくことが大前提となる。
 収穫されたバニラビーンズは、そのままではにおいがないが、キュアリングと呼ばれる熟成工程を経ると、バニラ独特の風味が発生する。キュアリングを終えたバニラビーンズが出荷され、原料として調達した香料会社の工場でにおい成分が抽出加工される。天然原料を使用する、あるいは香料化合物を合成する工程においても同様に、省エネ対策、環境への影響を最小限にすることが必要である。さらに、作業現場で働く従業員の労働安全確保も重要である。香料を使用するアイスクリームメーカー(香料のユーザー企業)に対しては、安全に使用してもらえるよう、香料会社として品質保証書や製品ラベルなどによる情報提供が必須である。
 天然原料の保護や環境への配慮、品質と安全性などの取り組みは、一部は法律で定められているが、各香料会社が独自に研究開発、工夫してすでに実施されているものもある。各社の取り組みを補い、香料産業界全体でSDGs達成に向けて前進するために5つの重点分野(①責任ある調達、②環境フットプリント削減、③従業員の福利向上、④製品の安全性、⑤透明性とパートナーシップ)を骨子として、策定されたのがIFRA-IOFIサステナビリティ憲章である。

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  • 2022年 (No.40)
  • 社会の中の香り

自然科学香話

地球存続の鍵を握る
バイオテクノロジー
-生き物たちの生存戦略に学ぶこれからの科学技術-

早稲田大学理工学術院教授
木野邦器

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< 3分でわかる解説 > 地球存続の鍵を握るバイオテクノロジー
 地球温暖化や感染症など人類は今、地球規模の多くの課題に直面している。産業革命以降の革新的な科学技術の発展により豊かな社会が構築され私たちもその恩恵を受けてきたが、一方でこうした一連の課題は人類の活発な社会活動の弊害と言える。環境問題に関してはこれまで生命体ともいえる地球の自浄能力によって修復が図られてきたが、現在はその能力をはるかに超えている。この環境保全は微生物とその多様性に大きく依存しているが、地球上のさまざまな生命体は独自の代謝系を進化させて、それぞれの生存戦略に基づいて相互関係を築きながら棲息・繁栄をしている。
 近年、ライフサイエンス研究の急速な進展により生命の神秘に関わる多くの発見やシステムの詳細が解明されてきたが、生命の厳密でありながら柔軟性のあるシステムに倣った革新的な技術が、バイオテクノロジーを超えて多くの分野で研究・開発・応用されている。人を含む地球上のさまざまな生物間コミュニケーションや相互作用を理解し、社会・経済システムに応用することは、理想的なバイオエコノミー社会の実現に大きく貢献するものと考えている。
 筆者らは、微生物の機能を高度利用したモノづくり技術の開発研究を展開しているが、緻密で統制のとれた厳格な生命システムに魅了されることが多い。一方で、生物の生存戦略に基づく巧妙で柔軟性のあるシステムの一端を見出し、それをデザイン・活用することでこれまでにない拡張性の高い技術を開発することに成功している。本稿では、L-アミノ酸で形作られているこの地球上の生命システムにおいて、鏡像異性体であるD-アミノ酸の生存戦略上の必要性を明確にした上で、D-アミノ酸を含むペプチドの新たな酵素合成法の開発について紹介した。化学反応と酵素反応の長所を融合させたユニークな化学酵素的反応系の開発によってアミド結合形成を達成することができ、従来にはない光学活性を制御した任意のペプチド合成法の開発に成功した。さらに、環状ペプチドなど特殊構造を有するペプチドや多様なアミド化合物の合成を可能とするプロセスの開発にもつながった。
 微生物の機能を利用するバイオテクノロジーは、多様な産業分野を開拓し、食品、医薬品、化成品、香粧品など多くの製品を創出してきたが、最先端ICTなどの情報工学やAIやロボットなどにおける技術革新を背景に、総合的な知の融合をさらに進めていくことで、地球温暖化を抑制しつつ、持続可能で豊かな社会の実現に貢献する新たなイノベーションが創出されるものと確信している。

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  • 2022年 (No.40)
  • 自然科学香話

[技術研究レポート]

ダージリン(Darjeeling)の地を訪れて
~マスカテルフレーバーとの出会い~

長谷川香料フレーバー研究所
川口賢二

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ダージリン(Darjeeling)の地を訪れて
「紅茶のシャンパン」と称されるダージリンティーの中でも、最高品質を誇る時期に収穫されたセカンドフラッシュはマスカテルフレーバーと呼ばれる魅力的な風味があるといわれている。
ダージリンでの体験を報告するとともに、当社の紅茶フレーバーに対する最近の取り組みについて併せて紹介したい。

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  • 2020年 (No.39)
  • OUR 技術レポート
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[技術研究レポート]

乳化香料の香味発現を見える化する
~ 香味発現の自由なコントロールを
目指して ~

長谷川香料技術研究所
酒井貴博

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乳化香料の香味発現を見える化する
私たちの生活に彩りを添える役割を担っている「香料」。香りは身近な存在であるにもかかわらず、目に見えないため、言葉で表現するのは非常に難しい。
そこで、官能評価手法や分析機器装置QCMを用いて、乳化香料の「香味発現の見える化」にチャレンジした。

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  • 2020年 (No.39)
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[技術研究レポート]

ティアレ・タヒチの香り
~ 愛の象徴であるティアレ・タヒチ。
その香りの魅力に迫る ~

長谷川香料フレグランス研究所
喜多沙弥香

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ティアレ・タヒチの香り
ティアレ・タヒチを語る上で、欠かすことのできないのが南太平洋に浮かぶタヒチである。魅惑的な香りを放つティアレ・タヒチは、タヒチの人々の生活に深く関わっている花である。ティアレ・タヒチにまつわるタヒチの人々の生活などを紹介しながら、その香りの魅力に迫る。

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  • 2020年 (No.39)
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[技術研究レポート]

「スパイスの王様-コショウ」

香りの追求とリプレーサーの開発
~天然原料の現状と代替ニーズへの対応~

長谷川香料フレーバー研究所
山田晴久

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「スパイスの王様-コショウ」の香りの追求とリプレーサーの開発
加工食品には数多くの天然原料が使用されており、昨今、それらの価格高騰や品質管理が食品メーカーの大きな課題となっている。そのような状況の中、代替素材のニーズやコストダウン素材の提案要望が増加してきている。
本稿では、ペパーリプレーサーの開発経緯・事例を中心に、天然原料代替素材ReplaTH(リプラス)について紹介する。

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  • 2019年 (No.38)
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[技術研究レポート]

春の訪れを香りで伝える
サクラ「春めき」
~香りが開く社会への扉~

長谷川香料フレグランス研究所
大森祥弘

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春の訪れを香りで伝えるサクラ「春めき」
日本人に好きな花を聞いてみると常に上位に入るのがサクラである。サクラの品種は300種類とも400種類ともいわれるが、その中で香りの強い品種は限られている。本稿ではサクラの中でも極めて強い香りをもつ新品種「春めき」についての研究結果と、取り組みについて紹介したい。

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  • 2019年 (No.38)
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