検索記事一覧『多様性』

OUR 技術レポート

代替タンパク源としての
昆虫利用
~サステナブルなおいしさを求めて~

長谷川香料(株)総合研究所
藤本 寛

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< 3分でわかる解説 > 代替タンパク源としての昆虫利用
 世界的な人口増加の影響と、世界中の人々が豊かになって肉をよく食べるようになったこともあり、近い将来、牛や豚、鶏といった、普段われわれが食べている肉の供給が、人間や動物の需要に追いつかなくなる恐れが出てきている。その問題の解決のためには、肉として食べている家畜をもっと増やすという選択肢もあるが、実はそういった家畜の飼育は、地球環境に悪影響を及ぼすということが知られている。そこで、牛や豚、鶏の肉の代わりとしてコオロギなどの昆虫が注目されている。日本では昆虫食というと一般的ではないが、世界では当たり前のように食べられている国もあり、実は1900種類もの昆虫が食用としても扱われている。昆虫の飼育は牛などに比べ環境への負荷が少なく、現在では手軽にたくさん育てる方法が研究されている。特にコオロギは育てやすさと食べられるところも多くおいしいということから、コオロギ、コオロギパウダーを使った製品も多数見られるようになった。現在は、安くておいしい昆虫食は確立されていないが、今後は日本でも当たり前に食卓に並ぶかもしれない。長谷川香料では、においを利用しておいしい昆虫が育てられないか? においでおいしい昆虫食をつくれないか? といった研究も行っている。地球環境を大切に思いながら、新しいおいしさの開発に「香料」で挑んでいる。

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  • 2025年 (No.43)
  • OUR 技術レポート

社会の中の香り

色で紡ぐ香りのイメージ
〜見えない香りを見えるように〜

湘南工科大学情報学部情報学科講師
若田忠之

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< 3分でわかる解説 > 色で紡ぐ香りのイメージ
 香りの印象やイメージを表現することは非常に難しいことが知られている。例えば、「家で使っているシャンプーの香り」のイメージを他者に伝えようと想像してみると、どのように言葉を選ぶか悩むだろう。そこで、色を使った香りの印象・イメージ表現について記す。
 香りは形容詞を使った表現と、比喩表現を軸として表すことが多い。比喩表現はそもそもオレンジを知らない人に対して「オレンジのような」といっても伝わらない。
 そこで、言語情報だけでなく、色を使った視覚的な表現を加えることでより香りの印象・イメージの表現がしやすくなるのではないかと考えた。
 色は、色みを表す「色相」、明るさを表す「明度」、あざやかさを表す「彩度」の3つの属性で表現ができる。さらに、明るさの明度とあざやかさの彩度を組み合わせたトーンという考え方があり、このトーンを使うことでイメージをうまく表現できそうだということが分かってきた。
 色を使った香りの表現では、まず最もシンプルな方法として嗅いだ香りに対して「どの色が調和するか」といった調和色の選択を行った。合わせて言語的な表現でどのような印象があるかを調査すると、調和する色が共通する香りではその印象も共通することや、そこでは色の明るさ、あざやかさが関連しており、トーンを使うことでうまく当てはめられそうなことが分かった。
 そこで、色の大きさを調節して香りのイメージを表現する専用のアプリケーションを作成し、より詳細に色と印象・イメージの関係性を調査してみると、やはり同じような色を使って表現される香りは、言語的にも同じようなイメージがもたれることが分かった。
 これらの調査は大学生が対象であったが、香りの専門家である調香師を対象に評価を行ったところ、そこでも同じような結果が得られた。しかし、調香師は評価する個人の間であまり差がなく、言語、色問わず評価の精度が高いことが明らかになってきた。
 最後に色を使って言葉を直接表現してみると、「軽いー重い」のように正反対の意味の単語では、色の使われ方が真逆であることが分かった。さらにこれらにもまた色の明るさやあざやかさも関連しそうなことも分かってきた。この結果でも、やはり学生と調香師を比べてみると全体の傾向には差がないが、調香師のほうが評価の精度が高いということが繰り返し示された。
 これまでの研究から色を使うことで香りの印象・イメージを表現することが可能であることが見えてきた。今後は研究成果を実装したアプリケーションの開発・公開を行うことで香りの印象表現の一助となることを望む。

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  • 2025年 (No.43)
  • 社会の中の香り

自然科学香話

嗅覚受容体とそれを用いた匂いセンサーの開発
~国際交流で発展した嗅覚研究の成果~

東京農工大学大学院工学研究院卓越教授
養王田 正文

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< 3分でわかる解説 > 嗅覚受容体とそれを用いた匂いセンサーの開発
 飛行場での麻薬や爆発物の探知で犬が活躍しています。化学物質を検出する様々な装置が開発されていますが、犬の嗅覚に匹敵する検出装置は開発されていません。私たちの研究の目的は、嗅覚の謎を明らかにし、犬に匹敵する検出装置を開発することです。皆さんに知っていただきたいことは、犬や人の鼻には多数の嗅覚受容体と呼ばれるセンサーがあることで、膨大な種類の匂いを感じていることです。味覚のセンサーが数種類であることと比較すると、その複雑さが理解できると思います。生命科学研究のフロンティアの1つです。本稿で、最先端の研究の難しさと魅力を感じていただけるなら幸いです。

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  • 2025年 (No.43)
  • 自然科学香話

OUR 技術レポート

多彩なユズの香り
~状態によって変わるユズ~

長谷川香料(株)総合研究所
冨田直己

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< 3分でわかる解説 > 多彩なユズの香り
 ユズは日本の伝統的な香酸柑橘の一つである。その香りの魅力は日本にとどまらず、食でも香粧品でも世界で知られるようになってきた。ユズの香りの魅力についての研究はこれまで果皮を傷つけて得られる果皮油に関するものが中心であった。生活の中で感じるユズの香りに目を向けると果皮を傷つけた状態だけではないことに気が付いた。ユズが置かれた一帯が華やかな香りになったり、冬至にゆず湯で癒やされたりしたことがある方も多いのではないだろうか。今回はそういった状態に注目し、果皮を傷つけない丸ごと(以下:ホール)のユズが置かれた空間とゆず湯の香りを研究することとした。
 果皮油の香りと比べるとホールの香りはフルーティで明るく、ゆず湯の香りは柔らかく温かい感じがして、同じユズの香りであるが、印象は異なる。分析を行った結果、大きな成分のバランスは異なるものの、果皮油の研究で発見したユズらしさに寄与するYUZUNONE®などの重要成分はどの状態でも存在することを確認した。これらの成分が存在することで、状態により印象が変わるものの、ユズの香りと認識できるのだといえる。
 また家庭で行うゆず湯を想定し、さらに研究を進めたところ、ユズを入れた後の経過時間やユズの状態の違いにより香りが異なることもわかった。わが家のゆず湯はどれに当てはまるのか、どの状態のゆず湯が好みなのか、考えながら楽しむのも一興である。
 どの状態のユズも魅力的な香りである。それぞれの状態を研究することによりユズの魅力を再認識し、多彩なユズの香りを提供できるようになった。

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  • 2025年 (No.43)
  • OUR 技術レポート

カオリ to ミライ

昆虫が教えてくれる匂いの世界
~嗅覚のしくみに倣った匂いセンシング技術~

東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
光野秀文

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< 3分でわかる解説 > 昆虫が教えてくれる匂いの世界
 われわれが生きている環境中には実に多様な“匂い”がただよっている。そのような環境でも昆虫は、匂いをたよりに餌を探し、メスを見つけ、危険を察知する。昆虫も人間や哺乳類と同じように、“嗅覚”をもっているのだが、そのしくみは哺乳類とは少し異なる。昆虫は匂い分子を結合する部位とそのシグナルを細胞内に伝える部位が一体型の嗅覚受容体をもち、匂い分子に瞬時に応答できるしくみを備えている。昆虫の嗅覚受容体のしくみを人工的に再現することができれば、昆虫のように自由自在に環境中の匂いの世界を感じることができるに違いない。このような夢を描きながら、われわれは昆虫の嗅覚を活用したセンシング技術の開発を進めている。
 これまでに、昆虫の嗅覚を活用することで、昆虫が異性交信に使う性フェロモンだけでなく、カビの匂いや花の香り、ヒトの体臭などさまざまな匂いを検出するセンシング技術の開発が可能となってきた。現在ではこれらの技術を活用して、現場でのカビ臭検査や混合臭の識別も可能となりつつある。将来、農作物や食品の品質管理から、害虫管理、人命救助にいたるさまざまな場面で昆虫の嗅覚を活用したセンシング技術の活躍が期待される。

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  • 2024年 (No.42)
  • カオリ to ミライ

社会の中の香り

植物をめぐる話
~小石川植物園から見てきたこと~

東京大学大学院理学系研究科附属植物園育成部技術職員
山口 正

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< 3分でわかる解説 > 植物をめぐる話
 小石川植物園は、戦後の1960年頃からアジアの野生植物を中心に多様で希少な植物を収集し栽培を行ってきました。温室で行っている小笠原諸島の絶滅危惧植物の繁殖と栽培方法の研究もその一つになります。温度管理のできる室内環境を利用して熱帯や亜熱帯の野外では繁殖できない植物の栽培と研究を行っています。温室では、高温で湿潤な環境を好む植物や乾燥した砂漠のような環境も疑似的に作り出し特殊な環境に適応した植物を栽培することもできます。2019年に新設された公開温室には、冷温室が追加され涼しい環境を好む高山植物等の栽培もできるようになりました。植物園で勤めると特殊な環境を生きる植物の栽培を経験することになります。植物園に勤めて最初に担当したのは温室の植物になります。見たことも触れたこともない熱帯の奇妙な植物だらけで、園芸高校で学んだ知識などほとんど通用しませんでした。一から学ぶつもりで植物や温室施設の管理を学び、2年目からは、分類標本園の整備と管理作業で約600種の野生植物の栽培と管理を任されました。毎日生態のわからない植物を図書館で調べ、知識を得るために植物園協会の研修に参加して栽培技術を学び植物の繁殖地へ出かけて栽培方法を身に付けていきました。分類標本園は、大学の学生が植物研究の基本を身に付ける実習・実験施設なので、科学的な植物分類の検討が進むと時代ごとに分類方法が変化しそれに伴い分類標本園の植物の植栽位置も変化します。私の担当していた1980年頃にはエングラーの分類体系(形態的特徴を基に分類する方法)を利用していましたが、9年間担当した後期には、『日本植物誌』(大井次三郎著)の分類方法と当時の最新のDNA解析で明らかとなった分類方式を混用して展示していました。現在は、植物をDNA解析したAPG分類体系が主流となっており近年の植物図鑑ではこの配列が主流となっています。小石川植物園では、数年前からAPG分類に対応すべく植物ラベルの変更や分類標本園の植栽位置の変更に取り組んでいるところです。
 分類標本園整備が一段落ついた頃、樹木園係への異動が決まり植物園全体の樹木を管理する係になりました。最初に取り組んだのは、樹木園全体を掌握する作業で園内にどのような樹種がどこにあるのかを確認する作業でした。植物園には「植物導入リスト」と「植栽図」があったのでそれらを使い樹木の確認作業を行いましたが植栽図が目測で作られていたので測量誤差が大きく現物確認には至りませんでした。園内の植生状態を適切に掌握するために簡易測量を行い正確な植栽図を完成させました。その後、植栽図と栽培リストを基にパソコンで植栽場所を確認できる「東京大学理学部附属植物園 植栽分布記載システム」(1997年)を㈱システムハーツと共同で作成して、植物の栽培確認が誰でも容易にできるようにしました。
 1989(平成元)年には、東京大学理学部附属植物園植物園植栽検討委員会の答申を受けて植物園全体の植栽配置の見直しが始まり、「東アジアの野生植物の保全」「絶滅危惧種の繁殖のための研究」などのテーマに沿って植物園全体での植生改良が進められました。ここでは植物園での様々な経験の中で体験した物事や植物の香りにまつわる話題や植物を取り巻く環境の問題について話してみたいと考えております。

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  • 2024年 (No.42)
  • 社会の中の香り

自然科学香話

赤ちゃんの匂いと体臭の不思議
~幸せなコミュニケーションをもたらす身近な香りのはなし~

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻生物化学研究室特任助教
白須未香

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< 3分でわかる解説 > 赤ちゃんの匂いと体臭の不思議
 人間にとって嗅覚は、視聴覚の発達に伴いとかく軽視されがちな感覚です。しかし、一方で、私たちは、自分たちをとりまくあらゆる生活場面において、香りが愛おしさや心地よさをもたらすことや、記憶と深く結びついていることも知っています。昔、あるワークショップで、輪になって座ってもらった20人のお母さんの周りを目隠しした小学生が歩いて回り、自分のお母さんを匂いだけで当てられるかというアクティビティをしました。するとほぼすべての子供が、自分のお母さんを探し当てることができました。最新の科学研究の世界でも、男性が排卵期の女性の香りを好むことや、子供を産んだ女性が新生児の着た産着の匂いを快く感じ、さらに脳内の報酬系に関わる領域が活性化されるということが明らかになっています。つまり、私たちは最も身近な匂いである体臭を知らず知らずのうちにコミュニケーションのツールとして使っているのです。
 東京大学大学院農学生命科学研究科生物化学研究室では、人と人のコミュニケーションを豊かにする香りの探究を行っており、そのキーとなる成分が体臭にあるのではないかと仮説を立ててさまざまな研究を進めています。最新の研究では、世代を問わず多くの人がほっとすると答える“赤ちゃんの匂い”を特定し、その匂いを嗅ぐことでお母さんの愛情ホルモン(オキシトシン)が上昇することが分かりました。これは、赤ちゃんの体臭中の特定の成分が母子間コミュニケーションに果たす役割を世界で初めて明らかにした重要な知見といえます。このように、ヒトが本来持っている体臭の中から、私たちがポジティブになる香りを見いだすことができれば、香害や化学物質過敏症といった問題を気にすることなく、その香りを空間の香りデザインや香り製品に用いることができると期待しています。

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  • 2023年 (No.41)
  • 自然科学香話

OUR 技術レポート

ジャスミンの香りの
多様性と可能性
~ジャスミン3種の香気分析~

長谷川香料(株)総合研究所
山際浩輝

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< 3分でわかる解説 > ジャスミンの香りの多様性と可能性
 ジャスミンの香りは三大フローラルノートの一つに数えられるほど魅力的なもので、ローズとともに最も好まれ頻繁に使用される香料素材として知られている。ジャスミンの花の香りを有機溶媒で抽出したジャスミンアブソリュートは、天然香料としてなくてはならないもので、香水をはじめさまざまなフレグランス製品に使用されてきた。ジャスミンアブソリュートはジャスミンの濃厚で力強い香りを表現できるが、実際に咲いているジャスミンの花の香りとはかなり異なる。今回私たちは、ジャスミンの花のフレッシュかつ優美な香りに魅力を感じ、それを再現した香料の開発を行うため、生きたジャスミンの花の香気を分析することとした。また、ジャスミンには香りの異なるさまざまな品種があり、品種によって異なる香気特徴を解明することで、より幅広い嗜好性やニーズに対応した香料開発が可能となる。
 本研究では、香りの異なるジャスミンの品種として、ジャスミンアブソリュートの原料となる“ソケイ”、ジャスミン茶の香りづけに使用される“マツリカ”、観賞用として人気の高い“ハゴロモジャスミン”の3種のジャスミンを分析し、それぞれの魅力的な香気特徴を把握した。

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  • 2022年 (No.40)
  • OUR 技術レポート